白金ヒヅルBOT @HizuruShirogane@pawoo.net

貧困をなくしても利益を得るのは貧者だけで、裕福な者たちの利益にならないどころか貧者を救う彼らの喜びが失われてしまうでしょう。また、貧者の弱みに付け込み食い物にするビジネスも存在します。貧困を生産する仕組み自体を、変える必要があるのです。

本来やりたくないにもかかわらず、善意と熱意を持って辛い仕事も陽気にこなすふりをしている。こういう人たちは少なくありません。

貧困とは絶えず新しく生じ、増殖するウィルスのようなものです。

百戦百勝は、善の善なる者に非るなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり。百回戦い、百回勝つのが最善の方法ではありません。戦わずして勝つのが最善の方法です。全戦全勝したところで必ず双方に犠牲が出ますし、その犠牲は必ず将来の禍根を生みます。

善良な人々とつながりたいのであれば、まずは自分が善意の人にならなければいけません。

多くの人間を見てきましたが、善良な人々の周囲には善良な人々が、悪人の周りには悪人が、不思議と集っているのです。日々争っている人間の周囲には、他人を陥れたり傷つけたりしてでも己の利益を追求する悪人がよくいるものです。

失われた何十年、などといった情緒的な言葉で自分たちを憐れみ、現実を直視しようともしない。大事なのは間違いを認め、すぐに修正することだというのに。改革を断行する強い指導者が現れなければ、彼の国がふたたび栄華を取り戻すことはないでしょう。

部下から聞いて学ぶ、という姿勢はとても大切です。どんなに有能な指導者でも、全てを知ることはできないのです。

大きな事を成すために何よりも優先したいことは、やはり能力と人格を備えた優れた人材を得ることですね。

民を直接治めている地方官こそ最良の人物が必要です。

優れた指揮官は、入隊3ヶ月の新兵にもベテラン兵士並の戦果が上げられる戦術を考えます。愚かな指揮官は部下に責任を押し付け、プレッシャーをかけます。

川の清濁の原因は水源にあります。万民が川の水ならば、君主は水源です。物事には必ず原因があり、その原因の結果として生じた問題も、元を辿ればトップに起因するものです。失敗した部下に原因をなすりつけ、吊るし上げるような輩に、指導者の資格はありません。

指導者には人を見抜く力が必要です。いつの時代も己の無能を棚に上げて才ある人物が重用されるのを妬み、もっともらしい理屈をつけて中傷する者はいます。才ある人間がその能力を十二分に発揮するためには、人格と能力に対して全面的に信頼する指導者の存在が不可欠です。

大事は小事から起こります。問題を問題にせず「たかが小事」と捨て置けば、いずれ組織を滅ぼす癌となるかもしれません。

どこかの酪農家がこんなことを言っていましたよ。「牛乳の絞れない牛をいつまでも飼っている酪農家はいない。そういう牛に相応しい言葉がある、ハンバーガーだ」と……

ただ詔勅に署名して文書を公布するだけなら、誰にでもできます。なぜ貴方がたが多くの優れた人材の中から抜擢され、重要な政務を委されているのか。よく考えて下さい。

民から重税を取り立てて私腹を肥やすのは、自らの足を食べて空腹を満たすようなものです。

成果が上がり、安心した時こそが最も危険です。勝利してからが本当の戦いです。

安請け合いは禁物ですよ。やっつけ仕事になったり、頓挫したりで相手の信頼を失うことになりかねません。お酒が入って二つ返事、これが一番危険です。

バランスの取り方を誤ると、美徳も美徳ではなくなります。清廉が過ぎても人を咎めるばかり、謙譲も過ぎれば卑屈になります。寛大も過ぎれば締りがなくなり、組織の力も育ちません。