闇競売で売られた失語症レオを保護ブン③
狩り。
自分の思考に状況もわきまえず、思わず口角をあげてしまう。
周辺には光が満ち満ち、まばたきの合間にも光が薄皮を劈いている。闇の栄華を讃えるこの場所は裏の世界を生きている者たちの魔窟だ。その渦中にありながら狩りに興じている自分自身がおかしくて、また、辟易してから笑いが漏れた。
このような場からは早々に帰って、早々に眠りたい。今回の仕事には興味の欠片も俺に無いものだから。
本来なら今日は自宅でゆっくり眠れるはずだったというのに、休みも出勤も不定期極まりない職種というのは、いささかどろこか多大につらいものがある。
それでも組織のいち幹部として、こうして行動に準じ、作戦を遂行している。理由は簡単、世界を救うためだ。
数日前、チェインがとある情報を掴み、オフィスに姿を現した。
彼女の情報から、今回の作戦は始まっている。
「生物オークションの開催」
―――
続かないんだなぁ。
闇競売で売られた失語症レオを保護ブン②
悪辣さを煮詰めた先にあるものは闇ではなく、むしろ豪奢な輝きに満ちた世界なのかもしれない。
なにせ、その答えはいまここにあるのだ。
天井からするりと生えたシャンデリアの輝きが、品なく乱反射する下には、悪辣さをどろどろになるまで煮詰めた強欲な人間の群れがあった。
老若男女問わず、彼らは独創的な仮面をつけ、口元だけを曝して嗤う。
妖艶な唇が謳うは己の権力と、願望と、羨望と、毒だ。
彼らは二酸化炭素と等しく毒を吐き出し続け、下品な輝きに醜悪さを混ぜていく。輝きは増し、毒は巧みに人を殺す。まさしく下卑た輝きだ。
そうしたドロリと輝く世界を生きる紳士淑女の人波を潜り抜け、男は目的地へと急いでいた。しかし足は優雅に、佇まいは品性良く。こういった界隈では、微かでも下賤の気配を見せてしまえばターゲットはすぐさま逃げ出してしまうためだ。それではこちらの働き損だ。ギリギリまで眼前に餌をぶら下げ、喰いつくまで姿を顰める。それが、狩りの鉄則だ。
闇競売で売られた失語症レオを保護ブン
感情を優先し行動する人物は浅はかで、脆弱な人間だとスティーブンは考えている。
確立すべきは己の感情ではない。むしろ感情とは真っ先に殺すべきもの、唾棄すべきものだ。
特に組織に属する人間、それも上層部の人材はかくあるべきだとスティーブンは考える。
何よりも重んじるは組織という群。個ではない。個であるのなら、それは手足ではなく頭を大事にすべきだ。秘密結社ライブラとして考えるなら――クラウス・V・ラインヘルツ。彼を除けば、自分を含み考えても、組織にとって手足でしかなく、さして重要ではない。
それが男の理論。極論。そして、暴論である。
その確立された論がいま、崩壊の危機に立たされていた。
「――君の名前は?」
ページに刻まれた文字が問う。
それを書いた人物が自分自身になるとは、過去の自分は想像できなかったに違いない。
初恋に気づきたくないスティーブン
顎に手を当て、窓辺に寄り添い、熟考する。
答えが出る前にシャワーを浴び終えた女性が、艶やかな香りを放ちながらこちらにしなだれかかり、色つやある唇を蠱惑的に歪めた。これが彼女との合図だ。そのさまを視界の端に捉え、彼女のことを一番に考えなければと思いながら、それでも考えるは少年――レオのことだった。
女の柔い手首を握りしめながら、骨と皮とやわらかさなどない肉を持つ子どものを思う。
女の足を抱えながら、くびれのない少年の貧相な肉体を思う。
艶がなく、色気もなく、どちらかといえば食い気や妙な現実主義である部分を曝す少年。あの白く細い首が反り返り、あえかな声を発するのかと考えながら耽る情交は、最中に妙な興奮を煽り、事後にとんでもない罪悪感を抱かせた。
俺はいま、何を思い女を抱いて、何を考え行為に没頭していたのか。
「素敵だったわ、スティーブン」と、甘やかな声音で寄り添う彼女の言葉を呆然と聴きながら、なんとか吐き出せた言葉は「ありがとう、レオ」という、最低な言葉だった。
ビンタの音がホテルに轟く。
情報なんて、入手できるわけがなかった。
初恋に気づきたくないスティーブン
自分という存在の劣悪さを目の当たりにする。
それは人間にとって、どのような拷問を受けるよりも心身を苛むことなのだと知った。
◆ ◆
自身の瞳がふと、誰かを追う。
意図してのものではない。無意識のものだ。だが欲と本能により操作された肉体はなによりも恭順なようで、その動きを気づいたところで止めることができない。自己がそういう行為に出ていることに気づいていなかった。配下の男である一人が「あいつのことよく見てますよね」と、何の気なしに発したセリフから、この行為に気づくようになる。
何を言っているんだと特別気にも留めなかったが、ことあるごとに視界に入る少年の姿を視認し、ああ、自分はこんなにも彼を見ていたのかと漸く悟った。悟ったと同時に、はてさて、なぜ自分はこんなにも彼を見るのだろうと考えてみた。時間つぶしにはピッタリの、どうでもよくぞんざいに扱えるテーマだ。なにせ今は情報を持っている女性のシャワー待ちだ。ホテルの一室に充満する空気は、淫猥に染まる手前のものだった。
ひみつ(スティレオ)
少年にはひみつがある。
すきなひと、しゅみ、すきなことば、すきなこうい。
少年にはひみつがある。
好きな人はスティーブンさん、趣味はその人を見ること、好きな言葉はその人の名前、好きな行為は。
――彼を思って耽る行為。
「ひっ、ぁ…きもひいい、ぁ、あ」
誰もが寝静まる夜に、青い目を曝し、少年は淫欲に耽る。虚空を見据えるその眼差しは、黄ばみのある壁を見て、ひっとひとつ、喉を鳴らした。
少年にはひみつがある。
好きな人はスティーブンさん、趣味は彼を見ること、好きな言葉は彼の名前、好きな行為は彼を思って耽る行為を「彼」に見せつけること。
監視カメラのレンズの先、誰がいるか知っていながら知らないふりをし続ける。
少年にはひみつがある。
男にもひみつがある。
レンズを隔てた薄い境界の向こう側。手を伸ばしたら届く想いでありながら、いまだ、この悪辣な行為を続けてしまう背徳感に酔いしれる。
ひみつとは、大層甘美な味がした。
カラオケスティレオ
流行りの曲をザップやチェインと歌って楽しそうなレオを見つつ酒を飲んでいると「スティーブンさんは歌わねーんですかぁ!」と、絡まれた。めんどくさい酔っ払いだと思いながら、ぬくい体温は引きはがしがたい。
「あんまり曲を知らないんだよ」
「まじっすか!じんせーそんしてますよ!」
「そうか?いや、知ってる曲もあるんだぞ。でもこの場には合わないからな」
「かまやーしませんって!!はいほら入れた入れた!!」
そう言いながらタブレットを渡されると、仕方がないなと曲を入れる。あまり知らないというのは嘘じゃない。だから、歌いたくはないのに。
「お、番頭歌うんすか」
「お耳汚し、すまないね」
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歌い終わった後、とろんとしているレオがいる。
眠気と頑張るスティーブン
仕事のせいであまり眠れない日々が続き、脳みそは爆発寸前だった。1時間、30分、いいや10分でもいい。
とにかく眠らなければ行動に移れない。
積み重ねられた書類の束を目端に捉え、次いで時間を確認する。10分、5分その程度なら休めるだろう。デスクに突っ伏し、すぐさま起きられるような体勢を取りながら、そっと息を潜めた。
柔らかな眠気は瞬く間に身を支配する。脱力した肢体に絡みつく倦怠感を一身に浴びながら、ああ、もう眠れる。と、考えた瞬間、小さな気配を察知した。
――レオナルド。
彼の名前を呼ぼうとしても身体がそれを拒絶する。甘やかな感覚がとかく身を浸していた。ああ、眠い。眠くて、眠くて。
「――お疲れさま」
頭を撫でるその小さくも優しい手が、とどめになってしまった。
ネタを吐き出す。もっぱらスティレオ。時々そのほか。BLもNLも気にしないから気をつけて