「ザ・ロストシティ」の感想。攫われたロマンス小説家ロレッタと彼女の作品の(ほぼ)専属の表紙モデルをしているアランとの幻の古代都市を巡る秘境アドベンチャー。……と書いたら何となく「ナショナル・トレジャー」や「ハムナプトラ」的なもの想像してしまうかも知れないけど、実際は小説を書くこと以外ポンコツのロレッタとイケメンで素晴らしい肉体美なこと以外ポンコツのアランが秘境探検するドタバタポップコーンムービーだ(褒めてる)。アランを演じるチャニング・テイタムのケツも拝めるしね。申し訳程度の秘境探検要素(苦笑)なのはご愛敬だけど、エンタメアドベンチャーとして気楽に楽しめる満足度の高い映画だった。

「峠 最後のサムライ」の感想。戊辰戦争の真っ只中。迫り来る西軍に対し、長岡藩主への忠義と民衆のため和平への道を探りながらも、戦させざるを得なかった男、河井継之助。圧倒的不利の中、一進一退の攻防をしつつ、常に民衆のための戦いを心がけ、西軍の数に対して知略と新兵器でカバーする。しかし、そんなギリギリの戦いも限界が来て……。皮肉にも、河井継之助の戦いは、昨今のヨーロッパにおける国際情勢と妙にシンクロする。もう逆境しかない戦い。それでも、民や長岡武士たちは、河井継之助についていく。何が、彼をそこまで惹きつけるのか?役所広司さんからは、類い希なるリーダーシップと軍略で負けない戦いを目指す“ラストサムライ”河井継之助の生き様が全身から滲み出て、唯一無二の存在感だった。

「オフィサー・アンド・スパイ」の感想。スパイ容疑を掛けられ有罪となったドレフュス。その冤罪の証拠を突き止めようと奔走する軍情報部のピカール中佐。彼はその真相に迫っていく。ドレフュスは明らかに冤罪で、その証拠も存在している。にも拘わらず軍上層部が適当な理由でもみ消し、隠蔽しようとする。そして、その魔の手はピカール中佐自身にも。何故なのか?そこに存在するのは、当時のフランスに存在していた反ユダヤ主義であった。改めてドレフュス事件を映像化すると、仏政府にとって非常にお粗末な冤罪事件であったことが浮き彫りになる。最終的には無罪を勝ち取ったにも拘わらず、差別の根深さに今ひとつスッキリとはしない。

かつてドアンが所属していたジオンのサザンクロス隊も魅力的だった。そもそもドアン自身が歴戦のMSエースで、率いるサザンクロス隊も当然古強者たち。彼らの駆る新型の陸専用高機動型ザクIIのカッコ良さは、何故ドアンザクと一緒にキット化しないのかと不思議なくらい。3DCGのガンダムとザクが、トリッキーでスピード感ある戦闘をみせるのも見どころ。近年のリアルロボット系3DCGにないような外連味も嫌いじゃない。この完成度なら「オリジン」本編のアニメ化を期待してしまうのも無理はない気がする。

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「機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島」の感想。基になっているTVアニメ版「ククルス・ドアンの島」と大体同じ物語だけど、ドアンと孤児たちの生活やジオンが島を狙う理由、ドアンと元部下たちとの因縁など色々盛られていて非常によく出来た番外編映画だった。特に番外編っぽさを感じたのは、ブライト・ノア“少佐”を含めたホワイトベースクルーの緩さ。ブライトは、上からの命令に“しぶしぶ従う”という態度が見え見えで、ここはすごく安彦良和的な演出に思えた。“軍法会議もの違反”に目をつぶったりね。アムロと孤児たちの交流を念入りに描いているのも、個人的には好感が持てる。戦争被害者としての子供たちが懸命に生きる姿は、これまで様々なガンダムでもあまり正面から描かれてこなかった。「機動戦士ガンダム」の1エピソードに過ぎなかった頃と違って、最後のアムロのセリフは、この長編劇場版だからこそ響くものがある。まあ、あの島で一番逞しいのはヤギだけどね(苦笑)。ドアンが孤児たち共にアレグランサ島で生活する本当の理由とは?

「帰らない日曜日」の感想。メイドと貴族の身分差恋愛。限られた時間の尊い愛とエロス。その1日は、1人の女性の人生を如何に変えたのか。ニヴン家のメイドをしているジェーンとシェリンガム家の1人息子ポールは、身分を超えた交際をしている。2人はポールの家で自宅デートをするのが、彼にはエマというホプディ家の娘との婚約が決まっていた。つまり、ジェーンとポールは、愛し合っているがいずれ別れる割り切った関係なのだ。そのエマも、実はニヴン家の長男ジェームズと恋愛関係だったが、そのジェームズを戦争で亡くしてしまっていた。ポールとエマの結婚を前に3家族が昼食会を開くも、肝心のポールが来ない上に、それぞれの家族が失ったものの傷を負っているので、もうお通夜のような雰囲気。そんなこと知ってか知らずかイチャイチャしてるジェーンとポールだけど、家に誰もいないのをいいことにほとんど全裸で過ごしていた。コレが、実にエロい。セックスをしててもジェーンを妊娠させないように気を遣ってるのが、ポールの見た目のチャラさとは反対に真面目なところ。ジェーンもそれとなく気付く辺りに、他のラブシーンにない感情を感じた。

「トップガン マーヴェリック」の感想。30数年の時を経ての続編。みんな大好きな「トップガン」の名OPと名曲と共に現行機を使って再現した冒頭シーンで、もう完全に掴みはOK。全てにおいて進化した空戦(ドッグファイト)。こういう言い方アレだけど、映画で見る「エースコンバット」のような没入感ある空戦に酔いしれた。そして、マーヴェリックの亡きグースへの思いを感じとれた。不可能を可能にする男マーヴェリックが、今度は若きトップガンたちを更にもう一段上の高みへと飛び立たせる。そこには、グースの息子ブラッドリー“ルースター”ブラッドショーがいた。彼のマーヴェリックに対する軋轢は根深い。ルースターは、空戦において弱点がある。自分の殻を破らなければミッション達成は出来ない。ルースターの成長と関係修復が、最後に奇跡のドラマと最高のサプライズを生む。36年前に果たせなかったラストシーン。全ては、このためにあったと思ったら胸が熱くなった。

「シング・ア・ソング!」の感想。夫を戦地へ送り、その度に所属する軍からの電話や呼び鈴に怯える。気晴らしでもして、気丈に振る舞っていなければ、英国軍人の妻などやってられない。そんな軍人の妻たちが突然合唱団を結成する。息子を戦地で失う心の傷が癒えないケイトは、気丈に軍人の妻合唱団のリーダーとして振る舞うも、外様のような、その悲しいほどのから回りっぷりがむしろ痛々しい。もう一人のまとめ役であるサラは、合唱団メンバーとして楽器(電子ピアノ)を弾き、作詞もやり、周りの奥さんたちと上手くやっていく一方で、ケイトのやり方に不満がありぶつかる。結局、サラを中心に合唱団は、上手く回っていくのだが、対するケイトは心の傷を通販で埋めていくことが止められず、息子の車の処分も出来ない。ただ夫の無事な帰りを心配して待っているだけの人生を歌が変えてくれる。そう信じて、悲しみを乗り越え、失敗を糧にし、前に進む合唱団が迎える一世一代の晴れ舞台。全てから解き放たれた歌声に心が洗われる。

冒頭で、ウルトラマンが登場する以前に人類が(というか日本人が)禍威獣と如何に戦ったかをザックリと説明されるのも面白い。いかなる禍威獣が現れようと、ウルトラマンがピンチに陥ろうと、人類にはそれを解決できるだけの知恵と勇気がある。“アレ”の戦いは、まさに人類の叡智とウルトラマンが人類の可能性を信じた(あるいは理解した)奇跡だ。根っからの「ウルトラマン」ファンが「シン・ウルトラマン」をどう思ったか判らないが、ウルトラマンとはこういうものとしっかり提示しつつ、現代的なリアリティで再構築されたバランス感覚に優れた特撮怪獣映画であった。あと、エヴァンゲリオンがウルトラマンと言われる理由も理解した。

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「シン・ウルトラマン」の感想。正直、これは私が生まれて初めて、惰性ではなくちゃんと意識して見た最初のウルトラマンである。怪獣が何故に日本にだけ現れるのか。ウルトラマンは地球に来たのか。何故人類のために戦うのか。それらを「シン・ゴジラ」の時と同じようにセリフでどんどん繋いでいき(私はコレを“シン・ゴジラ・メソッド”と勝手に呼んでいる)、ハイスピードで物語が展開している。今、改めてウルトラマンを描く上で必要なものは全てぶち込んだ。めちゃくちゃ情報量が多いのに、ウルトラマン初心者の私でも物語がスッと入っていく。見終わった後、ウルトラマンとは何であるか何となく判った気になれた。

「マイ・ニューヨーク・ダイアリー」の感想。これは、私もサリンジャー作品を読みたくなる。作家を目指す主人公のジョアンナは、出版エージェントへの就職が決まったが、任された主な仕事は、社長の助手としてテープお越しと担当作家へのファンレターの返信代筆。その担当作家というのがJ・D・サリンジャーだった。社長のマーガレット、サリンジャー、サリンジャーのファン。多くの人たちの出会いが、ジョアンナを一人の人間として自立させていく。私も、正直、ジョアンナと同じようにサリンジャーの作品を読んだことがない。出版業界版「プラダを着た悪魔」と言えなくもないけど、1人の女性の成長を繊細に描きつつ、作中の端々から人は何故サリンジャーに惹かれるのかという思いが見え隠れしていた。

「ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス」の感想。ヒーロー映画としてファンを満足させるポイントしっかり押さえつつ、サム・ライミ監督が得意のホラー要素をふんだんに盛り込んだ豪華ミックスグリルみたいな濃い映画だった。ワンダ/スカーレット・ウィッチが闇堕ちした理由は、「「ワンダヴィジョン」を見てね」という感じだが、物語としては、マルチバースを渡る能力を持つアメリカ・チャベスと彼女の能力を狙うワンダ、そのために必要な魔導書ダークホールド、これらを巡るストレンジ・ジャーニーだ。あちこちの世界を巡って行くけど、あまり混乱しないで見られる構成の妙もいい。別世界のヒーローチームであるイルミナティを皆殺しにしてストレンジたちを追いかけるワンダ/スカーレット・ウィッチは、完全にホラー映画の演出そのもの。物語の後半、ストレンジがネクロマンシーめいたことやりだした辺りで、勘のよい映画ファンなら「死霊のはらわた」シリーズを連想しただろう。マーベルヒーロー映画ファンがどう思ったか判らないが、サム・ライミファンなら満足度が非常に高い内容だ。

「xxxHOLiC」の感想。正直、ホント、監督が蜷川実花さんでよかった。特に侑子さんを中心とした周りに一点集中された蜷川美学は、CLAMPの世界観を見事に表現していて満足度高い。故に、物語は、ほぼ映画オリジナルでも、ちゃんと「xxxHOLiC」見てると感じさせてくれる。四月一日と百目鬼への推しが強いと思う一方で、ひまわりに損な役回りが目立つのは、設定上より映画の尺の都合上どうしようもなかったのかも。ラストシーンで、まさか神木隆之介さんに色気を感じてしまうなんて、これが蜷川実花マジックなのかな?

「マリー・ミー」の感想。世界的スーパースターとただの冴えない数学教師のいわゆるウソ結婚ものだけど、結構久しぶりに見るベタな(好意的に言えば王道の)ロマンスコメディに不覚にも感動してしまった。すごくいいのは、スーパーセレブリティであるジェニファー・ロペス演じるキャットの結婚相手になってしまったオーウェン・ウィルソン演じるチャーリーの身分差の恋のギャップが見ていてすごくいいバランスに感じること。とにかく、いやらしくない。SNSで常に他人に見られる私生活のキャット。そのセレブ故の孤独感をチャーリーが上手く埋めている。キャットとチャーリー、そして、娘のルーと学校の仲間たち。これは、恋愛サクセスストーリーのように見えて、スーパースターのキャットの癒しの物語と解釈できる。その上で、キャット……というかジェニファー・ロペスのライブパフォーマンスの満足度が高くてよい。最後、ちょっと父と娘のイイ話に繋げようとするのズルいわー(苦笑

「ベルイマン島にて」の感想。よく作家が、短期的に都会を離れ、リゾート地で創作活動をしたりするけど、その感覚を追体験できる。今までと違う場所で、どういったインスピレーションを受けるのか。劇中劇として語られれる恋の物語が、美しい島での体験をさらに膨らませてくれる。行ったこともないフォーレ島の空気を感じることができるような、実に気持ちの良い映画だった。

「バーニング・ダウン」の感想。香港版「ハートロッカー」のようなイメージで見てたら、香港を脅かす爆弾テロ犯を追うサスペンス要素が強かった。主人公フォンが、爆弾処理の事故で片足を失い、その後ある出来事で記憶を失ってしまうことから話の展開が2転するのも面白い。片足が義足という設定などどこ吹く風と言わんばかりアンディ・ラウのアクション。香港の対テロ部隊と爆弾テロリストとの銃撃戦。昨年見た「レイジング・ファイア」が古典的香港アクション映画復権を感じさせたなら、今作は、現代的でよりド派手な香港映画でやれることの全てを見せつけられた。

「ベルファスト」の感想。これは、ケネス・ブラナー監督の最高傑作かもしれない。少数派だったキリスト教カトリックの公民権運動か端を発した北アイルランド紛争。その渦中にある首都ベルファスト。子供たちが道路で楽しく遊んでいる最中に火炎瓶を持った暴徒たちが現れる。店を壊し。車を爆破し。略奪まで行われる。それが、段々日常になっていく。少年バディには、大好きな両親と祖父母がいて、学校に好きな女の子がいて、周りの大人たちは色々大変だが、それでも地元に愛着があって楽しい。だが、ベルファストを取り巻く状況は、日に日に厳しくなっていく。そんな日々をバディ目線で描くのだが、あえてモノクロで描いているのに、そこには少年の人生の彩りをスクリーンから感じてしまう。分断されてしまった北アイルランドで懸命に、かつ明るく生きる。人生賛歌とはよく言ったものだ。バディは最後にある選択を迫られるが、それでも見終わった後の心の充実感は、最近の見た映画にないものだった。

「ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密」の感想。ダンブルドア(声:森川智之)とグリンデルバルド(声:井上和彦)のクソデカ感情のぶつかり合いが最高だったね!ダンブルドアがゲイであることは、原作者のJ・K・ローリングが認めているけど、直接的に描かないまでも、今作によってその説得力が増したと思う。それは、もう冒頭で薄々判るし、ダンブルドアが大事に持っている血の誓いのペンダントが何よりも証しだ。ダンブルドアは、血の誓いによってグリンデルバルドを攻撃できず、逆もまたしかりなのである。だからこそ、ニュート・スキャマンダーたちは、彼に代わって遊撃隊として、未来が見えるグリンデルバルドを“騙し”、野望の達成を阻止しなければならない。最初の目的地はドイツ。そして、ブータンへ。ダンブルドアがグリンデルバルドと戦うための切札とは。そのグリンデルバルド役は、ジョニー・デップからマッツ・ミケルセンに変わった。だが、むしろマッツ色気が、ダンブルドアとの関係や内容とも上手くはまっていて、結果的によい変更だった。

「シャドウ・イン・クラウド」の感想。「キック・アス」で幼いながらもスタイリッシュなアクションを披露したクロエ・グレース・モレッツが、軍服でパワフルなアクションを披露する様になったのを見て、色々と成長を感じる。密命を持ってB-17爆撃機に乗り込んだモード・ギャレット空軍大尉。急なことで既に乗り込んでいた男性兵士たちは、冷やかし、小馬鹿にするが、命令書のがあるので従わざるを得ない。居場所がないギャレットは、仕方なく機体下部の銃塔(ボールターレット)に押し込まれる。ドラマは、大体この中で行われ、未知なる“何か”がいる、“何か”がくる、その上で日本軍の零戦が攻撃してくるという限られた空間の緊張感が、そこにはあった。高いところが苦手な人は、別な意味での緊張感も。最後にクロエの授乳シーンが見られるのは、この映画だけ(多分

「モービウス」の感想。このダークヒーローは、人類の“敵”か、“味方”か。ヴァンパイアとなったモービウスの禍々しさは、正直、「ヴェノム」以上。同じヴァンパイアものの「ドラキュラZERO」ほどダークヒーロー感はない。1人の人間が、図らずも闇の眷属になってしまったアンチヒーローの暗さが全体に漂っていた。血液の難病に苦しむモービウスには、同じ病を持つ親友のマイロいる。だが2人の友情は、モービウスの作った吸血コウモリ血清によって崩壊した。吸血コウモリ血清は、モービウスの病を克服させたと同時に、超人的な運動能力とソナーのように周囲を感知するバットレーダーを与えた。モービウスは、このある意味“超人血清”と言えるものの代償として、定期的に血液を飲まないと怪物化してしまう。ハイリスクな血清をマイロに使わせたくないモービウスだが、マイロは盗み出して血清を使ってしまう。自分とマイロのために難病の治療薬を作る。それが、幼い頃の約束だったからだ。友情が狂気に変わり、吸血鬼同士の壮絶な、スピード感ある異能バトルは見物。

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