「モータルコンバット」の感想。次世代機の「モータルコンバット」の映画化として、今作はとても正しいと思う。「モータルコンバット」のファンはこういうのが見たいンでしょ?というハードコアなアクションは、大体見せてくれるし、何より真田広之さんのスコーピオンがかっこよすぎて、ゲームにも登場して欲しい(ただ、真田広之さんフェイタリティされるのは、あまり見たくないが)。むしろ、あのスコーピオンがいるから作品全体が引き締まったものになった。一方で、一応主人公のコール・ヤングは、正直、クセの強い「モータルコンバット」キャラクターの中でインパクトの弱さを感じる。主人公なのに一歩引いたポジションにいるというか、ダークサイドの闘士の中で1人だけ光の闘士というか、人外の中で1人だけ人間やめてないというか。コレ、ゲームに実装されたら使う?と問われたら、普通すぎて多分使わない。よいこちゃん過ぎるので。

「クワイエット・プレイス 破られた沈黙」の感想。子供だからっていつまでも守られているワケじゃない。基本的には前作の続き。でも冒頭では、盲目エイリアン襲来の1日目が描かれ、前作見てない人にも理解しやすく、見た人にはあの恐怖の原点を知ることになる。新天地を目指すアボット母子の前にも容赦なく盲目エイリアンは現れるが、母子はエイリアンの、ある弱点を知っているのだ。だからと言って、この映画の恐怖は揺るがない。何でもないシーンでも息をのんでしまうのは、この映画の盲目エイリアンに対する圧倒的説得力だろう。そして、たまたまラジオで流れた音楽を頼りに、聾啞の少女リーガンが生存者を求めて旅立っていく姿に、家族を助けたいという並々ならぬ決意を感じざるを得ない。今作は、家族の物語であり、少女の成長の物語でもあった。あと、生存者たちが普通に生活できた理由が、正直、意外だった……。

「グリーンランド」の感想。かつてニコニコ動画などで一世風靡した小惑星が地球に落下して滅亡するシミュレーション動画。それに匹敵するような彗星が地球に落下すると判ったら市民はどう行動を取るか。「ディープインパクト」と違って完全に主人公ジョンの家族の目線で描かれ、彗星落下危機のパニックぶりが生々しい。国民の中でも選ばれた人は、軍と政府が用意した核シェルターに避難できる。それが、明日世界が滅ぶと判っている状況での人間性を浮き彫りにする。ほか持病(糖尿病など)を持っていると選ばれても核シェルターへの輸送機に乗れない。だがジョンの息子は糖尿病持ちでインスリンが欠かせない。家族がバラバラになる危機。人類(ほぼ)滅亡の2日間を安易に感動もの人間ドラマみたいにするのではなく、生きたい者、運命を受け入れた者、生き残れる最後の希望まで足掻いていく家族の物語だった。

見どころの一つであるハサウェイとギギが脱出する市街地戦は、MS戦闘におけるスケール感を感じることができてリアリティがあった。こういうリッチ感は劇場版ならでは。元々「閃光のハサウェイ」は、ハサウェイ、ギギ、ケネスの人間ドラマがメインであるため、MS戦はおまけみたいなもので、こういう言い方が好きではないが、「機動戦士ガンダム」からハサウェイとともに歩んできて、初めて描かれる“大人のガンダム”を体験できるぞ。

「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」の感想。2010年代の新ガンダムは色々見てきたけど、久しぶりに、「ああ、これは見たかったガンダムだ」と思えたし、宇宙世紀の旧ガンダムにけじめを付けようという気概も感じる映画だった。何より、アニメ版のギギ・アンダルシアは、富野由悠季監督の原作小説で読んだ時に初めて感じた“男を惑わす魔性の女”のイメージに解釈一致なのがよい。ギギの声が、ゲーム版の林原めぐみさんから上田麗奈さんに変わったのも個人的には大正解。敵ガンダムであるペーネロペーは、歴代の敵ガンダムの中でも異質な禍々しさを醸し出してていいね。それに乗っているレーン・エイムもいい。ハサウェイのΞガンダムに一歩およばぬも、ファンネル・ミサイルをかなり必死で撃ち落とし、避けようとしてるようすから潜在能力の高さが伺える。それに、何だか応援したくなってしまう可愛さもあり……これが、若さか。

「映画大好きポンポさん」の感想。君は自分のやりたいことを、夢を、人生掛けて、死ぬ気で向き合ったことがあるか?ということを全力で、フィルムにしてぶん投げてくる、控えめに言って傑作だった。うん、まあ、原作を読んだときから映画作りへのパッション、情熱の塊みたいな衝撃を受けたけど、その魅力を余すところなくフィルムに落とし込んでいる。何より、原作に比べ映画の撮影と同じくらい撮った素材の編集に物語の比重を置くことで、よりジーンの内面、自分が作りたい映画とは何なのかという内なる戦いを描ききっているのもいい。ジーンが、ナタリーが、そしてアニメオリジナルキャラのアランが、躓き、腐って、前に進めずもがき、そんな中で僅かにチャンスを掴んだ時、それを絶対に離すまいと必死に前を向き続ける。歩み続ける。それぞれの生き様に心を揺さぶられたし、それが面白くないワケがない。しかも、上映時間だいたい“90分”という辺りがにくいね。

「シドニアの騎士 あいつむぐほし」の感想。とりあえず、劇中のあるシーンでアニメ第1期の主題歌、angelaの「シドニア」が流れた瞬間の気持ちの爆上がりときたら……。惑星セブンへの移民を完了させるため、ガウナ(奇居子)の母船である大シュガフ船への直接攻略作戦を提案した。切り札は重力子放射線射出装置。コレの莫大なエネルギー確保に奔走する中、融合個体の“落合”が覚醒する。これが人類とガウナの最後の戦いの狼煙となった。やや駆け足であったものの、シドニアに秘められた過去を罪を清算しつつ、衛人と知性型ガウナ、谷風長道と融合個体“落合”の死闘は劇場版ならでは総力戦に相応しい大迫力。絶体絶命の危機に長道の二零式衛人と岐神海苔夫の継衛改ニが駆けつける、あの頼もしさときたら。何より見どころは、実はガウナとの戦闘シーンではなく、長道と白羽衣つむぎの初デート。うん、実質初デートのようなものだよ。衛人を使ってシドニア船内を遊泳する長手とつむぎに、「シドニアの騎士」がラブストーリーであることを再認識した。人類とガウナが雌雄を決する先に待ち受ける長手とつむぎの壮絶な運命を見届けて欲しい。

「AVA」の感想。正直、「アトミック・ブロンド」以来のかっこイイ女のアクション映画を見た感じ。「ジョン・ウィック」のコンチネンタルめいた裏社会の組織において、極めて有能だけど厄介者のエヴァ。そして、不可解な行動を繰り返すエヴァに監視と排除命令が下ってしまう。冒頭は、赤いドレスを着て鮮やかにターゲットを始末していしき、(いわゆる“目隠れ”のエヴァは、どことなく「ウマ娘」に出てくるあの娘を連想させる)、後半では一転して泥臭く追跡者を始末する。その間にちょっとした家庭の問題を(力技で)解決させたりするワケだが。「アトミック・ブロンド」と「ジョン・ウィック」がイイ感じに融合して、このエヴァの強さと逞しさがむしろかっこいいのだ。

「約束の宇宙」の感想。女性宇宙飛行士には、男性宇宙飛行士が感じることのない苦労と苦悩がある。シングルマザーのサラは、念願の国際宇宙ステーションのミッションに選ばれ、訓練中の子育てを元夫に任せることにした。離婚したとはいえ、元夫婦の関係は、職場が同じこともあって割と良好。安心して任せられる……と思っていた。サラは、日々の訓練をこなしつつも愛する学習障害の娘が心配でたまらない……。欧州宇宙機関(ESA)が全面協力ということもあって、過酷な訓練に関するリアリティが高く、故にサラの苦悩がより伝わってくる。そして、娘との約束を守るため、母娘の絆が試される。「ファースト・マン」とは違った角度で、宇宙飛行士として生きることの覚悟が描かれていた。

「21ブリッジ」の感想。チャドウィック・ボーズマンの死後、日本で公開される出演映画1作目(遺作ではない)。コカインの強盗による警官殺しから始まる一晩のサスペンススリラー。この逃亡犯を追跡するアンドレ刑事と麻薬捜査官のバーンズが見つける隠された真実とは。逃亡する犯人側をしっかりと描くことで、捜査するアンドレの見えてない真実にたどり着き、この事件に隠された異常さが浮き彫りになる構成が面白い。ガンアクションにも力を入れていて見ごたえがあった。

「パーム・スプリングス」の感想。永遠に続く結婚式。永遠に続く休日。それなりに楽しい“毎日”が続く。何をしても一晩でリセットされる空間に閉じ込められた男女が求めた幸せとは。タイムループラブロマンス。よくあるタイムループもののように、ループから抜け出すための謎解きやサスペンスがあるワケでもない。それが、この映画の奇妙なところ。ループを謳歌する男女が、時々ループから抜け出すヒントのようなもを見つけるも無駄に終わり、幸せと無力と虚無が繰り返される。真面目にループ世界を脱出しなきゃみたいなことに動き出す切っ掛けが、「そこかあ……」と思うくらい意外なところであり、しかもその後が、「えっ?そこからはじめるの?」という今までに(多分)ない発想だった。タイムループものは色々あるけど、その解決が一周回ってアレコレ捻らず正面からぶん殴りに行く感じ、嫌いじゃない。

「テスラ エジソンが恐れた天才」の感想。トーマス・アルバ・エジソンとジョージ・ウェスティングハウスの電流戦争をテーマにした「エジソンズ・ゲーム」の表と裏。あるいは光と影。エジソンと対極にあるニコラ・テスラの半生が虚実を混ぜた演出で淡々と描かれる。ただ、予告編から想像するようなエキセントリックな解釈はされていないので、ちょっと拍子抜けするかもしれない。今どき風に言うなら陰キャの天才であるニコラ・テスラ。映画は、彼がどういう人物だったのかに割と焦点を置いているので、彼が偉業に対して不遇な人生だったことがよく判る。

お馴染みの「モンハン」武器で戦わせる過程として正しいが、さすがに手榴弾やロケット砲でもある程度ダメージを与えられるようで……。モンスターの中でもディアボロスやリオレウスより脅威を感じるのがネルスキュラ。あんな「スターシップ・トゥルーパーズ」のバグ並に群れをなすキモいモンスターになっていようとは……。

「モンスターハンター」の感想。モンハン歴は10数時間(3DS版3G)しかないけど、そんな私からみても、コレ「モンスターハンター」というよりむしろ怪獣映画ですわ、という迫力のモンスターバトルアクションとしての見どころの多さに対して、モンハン映画として面白かったかと聞かれると難しい。私には、上手くゲーム版の良さを映像に落とし込んでいると思うが……。日本のポップカルチャーでは近年お馴染みの現代人の異世界転移。ライフルやハンドガンなど現代兵器で武装しているミラ・ジョヴォヴィッチ演じるアルテミスの部隊だが、「モンスターハンター」世界のモンスターには、ほとんど攻撃が効かない(与えるダメージが低い)。この世界のモンスターと戦うためには、そのモンスターの身体を素材とした武器で戦うのが1番なのである。そのことをハンターとの出会いで知る。序盤は、モンスターサバイバル映画のような展開。そこからこの世界の生き方と戦い方をハンターと共に身につけてからは、俄然「モンスターハンター」感が増してくる。

「ガールズ&パンツァー 最終章 第3話」の感想。まあ、それはともかく、今回は、もう一人成長を遂げた人物がいる。西住まほの抜けた穴を埋めるため苦悩していた逸見エリカ。黒森峰女学園は、西住まほを中心とした一糸乱れぬ電撃戦、いわゆる西住流を得意としている。その意思を逸見エリカが継ぐ。そのプレッシャーは並大抵ではない。黒森峰の、西住流の伝統を守ること。今、勝つために必要なこと。西住まほと逸見エリカは違う。自分らしく戦うこと。エリカが見いだした答えは何なのか。そして、継続高校とサンダース大学付属高校では、継続の“秘密兵器”がサンダースに牙を剥く……。今や戦車道の強豪校の一つと言っても過言ではない大洗女子学園が露呈した最大の弱点。それが、次回第4話でどう影響するのか……。

「ガールズ&パンツァー 最終章 第3話」の感想。正直、あの知波単学園相手が、ここまで大洗女子学園を追い詰め、苦しめるとは想像もしなかった。特に福田の頼もしさは、劇場版を見たファンならきっと胸が熱くするところだろう。大洗を叩くためには、その司令塔である西住みほを先に潰さなければならない。勇気ある撤退からの知波単の作戦は、非常に上手く機能して、大戦果目前まで迫ったけど、詰めが甘かったね……。そう、コレまでの大洗女子学園の戦いは、西住流の教えを受けた西住みほを中心に全て動いていた。彼女が、あらゆる戦術の中心となり、バラバラの個性と戦力をまとめ上げていた。それが、もしいなくなったら……。

「トムとジェリー」の感想。トムとジェリーの不変的な面白さ、痛快でムチャクチャなドタバタ劇を実写と融合してやるのだから面白くないはずがなかった。トムとジェリーが暴れ回れば例外なく大惨事になるのだけど、その舞台が高級ホテルで、セレブの結婚式を如何に成功させるかとなれば、その“被害額”は途方もない代物だろう。まあ、それをツッコむのは野暮だし、どんな大惨事も数分後には直ってるアニメ的お約束のちゃんと踏襲されているからね。トムとジェリーが実写で2Dアニメーション化されているのと同じく、映画「トムとジェリー」では人間以外の動物、魚介類、虫も全て2Dアニメーションで表現されている。正直、ストーリーとして語る部分はあまりないのだけど、アニメのキャラクターが現実にいるのではなく、現実のキャラクターがアニメの造形をしているという世界観の徹底がいい。

「アウトポスト」の感想。基地規模の「ブラックホーク・ダウン」。周りを山に囲まれたアフガニスタンのミーティング前哨基地(アウトポスト)。周囲を何百ものタリバン兵に囲まれ、航空支援が来るまでの数時間繰り広げられた悪夢の戦闘。基地周辺の村の住民と上手くやりながら基地運営をしなければならないが、基地の指揮官が死んで交代する度に方針が変わっていく。村の長老らを集めた合議も上手く進まない。そもそも、狙ってくださいと言わんばかりの場所に基地を作っているのだから、日々360度警戒、日々戦闘。基地内の和やかな日常の数秒後には、無数のライフル弾を撃ち込まれる。リアリティにこだわった画は、戦場の緊迫感、絶望感を見せつけ、むしろグイグイ引き込まれた。ここ最近見た戦争映画の中では、最も真に迫ってる感じで出色の出来。

「ビバリウム」の感想。カッコウの托卵。それが、よもやこんな不条理スリラーになるなんて……。新居を探していたトムとジェマは、不動産業者マーティンから新興住宅地ヨンダーを紹介される。内見していたトムとジェマは、何故かそのまま住宅地に閉じ込められてしまう。そして、2人のもとに1人の赤子が届けられる。脱出方法を模索しつつも、見殺しにも出来ない赤子を育てるトムとジェマ。子供の異常な成長スピードと奇行。無味乾燥で何もない生活が続く中、トムのポイ捨てしたタバコを切っ掛けに住宅地脱出の糸口をみるが……。ただ住宅地から脱出できなくて藻掻くというだけではなく、謎の赤子でも見殺しに出来ず育てるという人間の本能を利用され、母親として偽り、誤魔化しの愛情が芽生えていく気持ち悪さがかなり来る。そして、この閉じられた世界の真実、その一端の知ってしまってからの生活は、もはや虚無。冒頭に書いた“カッコウの托卵”の意味が判ると、この物語の気持ち悪さがより理解できると思う。

ニアサードインパクトで崩壊した世界の中で、細々と日常を取り戻してしていく人たち。たくましく生きる人たちとの出会い。旧友との再会。人の温かさ。絆。そして、綾波レイ。作中で割と時間を割いて描いた日常シーンが、シンジかこれから生きる世界、守らなきゃいけない世界に対する説得力になっている。そのために碇シンジは、父親の碇ゲンドウと直接対決しなければならない。TVシリーズ『新世紀エヴァンゲリオン』の最終回では、エヴァも使徒もいない、母親であるユイも生きていて、真っ当で楽しい中学校生活をする、碇シンジの中にある可能性の世界の一つが描かれていた。その上で、碇シンジは、「僕はここにいたい。僕がここにいてもいいんだ」と気づき、登場人物たちに祝福され、ありがとうと答えて完結する。「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」および「シン・エヴァンゲリオン劇場版」は、かつて碇シンジが壊した世界を碇シンジが再構築する物語なんだ。父に、ありがとう。母に、さようなら。そして、全ての子供達に。おめでとう。

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