いろは @yokikana@pawoo.net


(2/2)
 体がゆらゆら、と揺れているのに気付いて目を開いた。視界にぱっと飛び込んで来たのは、細い背中だった。
「……三日月?」
「目を覚ましたか? やあ、本丸から随分と離れたところで寝ていたものだから、驚いたぞ」
 いつもと変わらぬ口調の彼は、足元を泥だらけにし、髪も酷く乱れていた。腕は木の枝で傷つけたのか、血が滲んでいる。
 僕のためにそうなったの、とは問わなかった。彼がどんな顔で、いいや、と返すか分かっていたからだ。いつものあの笑顔で。
 お礼を言わなきゃ、という気持ちはあったが、急激な眠気に襲われ、髭切はまるで意識が吸い込まれるかのように、眠りに落ちて行った。
――きっと本丸に戻ったら、弟とかがばたばとして、ちゃんとお礼も言えないと思うから。だから、代わりに三日月に何かあったら。何か、考えていることがあったのなら。

僕が、きみの考えを、考えるから。


(1/2)
――おや。そういえば、ここって、どこだろう。
 見覚えのない田園風景に、髭切は両目をぱちぱちと瞬かせる。
 顕現して間もない彼は、本丸の周囲に何があるのかを把握しておきたく、また散歩のつもりで、気の向くままに歩いていた。気付けば日は暮れ、空から落ちる雫が、地を濡らして行く。
「迷っちゃった」
 一先ず目に付いた木の幹に歩み寄り、座り込んだ。どうやって帰ろうか、いやそもそも、僕はちゃんと帰れるのかな?
 蹲って、立てた両膝に顔を埋めた。
――ここは寒いなあ。寒くて、凍えて、折れてしまいそう。
 ゆるりと上げた眼差しには、雲の隙間から三日月が覗いている。
――そういえば、あの子の両目。三日月が、浮かんでいたなあ。
 髭切は蹲ったまま、そっと目を閉じた。


 かぽーん。広い浴場に響くのは、洗面器をタイルの床に置く音だとか、木製の椅子を積み上げて片付ける音だとか、そういう代物である。
 本丸の大浴場が壊れた。
 そのために彼ら刀剣男士は、時間をそれぞれずらしながら、本丸の近くにある銭湯へやって来ている。同田貫正国は、くじ引きで三日月宗近と同じ組になった。
「ふー……」
 隣から聞こえる声に首を巡らせると、三日月が風呂の枠に体を凭れさせ、心底心地良さそうな声を上げていた。何気なくそれを眺めていた同田貫だったが、彼の首に残る赤い痣に、やべ、と顔を逸らした。
「……どうした、まさ」
「首、悪い、残ってる」
 同田貫に指先でつんつんと突かれ、おお、と三日月は声を上げた。
「湯気も立って、他に人もおらず。咎める者などおらぬよ」
「そうかよ」
 三日月がまるで気にしていないようなので、同田貫はそれ以上を口にするのは止めた。
 湯の中で大きな手をさ迷わせ、三日月の手の甲を覆う。びく、とその体が跳ねる。
「咎める奴ぁいないんだろ」
 おたおたとこちらを見る三日月に、同田貫は顔は入り口に向けたまま、ぶっきらぼうに呟いた。

 それから三日月は、この本丸の始まった日から今日までの出来事を、一晩掛けて電柱とゆったりと語り合った。電柱は人の心が離れた影響もあり、実際は魂を定着させるのに困難を生じている。何度も魂が離れそうになったが、そうならずに済んだのは、三日月の存在ゆえであった。
「電柱殿。夜明けだぞ」
 そろそろ夜は冷える季節である。三日月は羽織を体に引っ掛け、白い息を吐きながら空を見上げた。三日月と……誰かとこのように一晩を過ごすのは初めてだった。この上ない最期の夜だった。
「ありがとう、三日月さん。自分は貴方にずっと焦がれていました」
 あさぼらけの空に溶けてしまいそうな、同じ色の髪の持ち主に電柱は呼び掛けた。
「次に会うことが叶ったら、自分は木刀でもいい、貴方と同じ、刀の姿で……」
「……電柱殿?」
 もう、呼び掛けても返事はなかった。彼の友人は、人の手によって処分されるよりも先に、魂を手放してただの躯と化した。
「ご苦労だったな……俺もいずれ、そちらに参るだろう」
 三日月は白い掌で、電柱の表面を撫でた。閉じた瞼から、つぅ、と雫が垂れた。

 三日月は本丸の創成期からここにいた。この電柱との付き合いも長い。古い木で整えられた木造の電柱と、三日月は妙に気が合った。
「明日三日月さんは早朝から遠征だな。自分は三日月さんのいないうちに撤去される。どうか、末永く皆に愛されておくれよ」
「電柱殿」
「自分のような時代遅れは淘汰されるものだが、三日月さんは国の宝だ。戦う道具である三日月さんに言うのもどうかと思うが、本当は貴方には戦に出て欲しくない。人間に大事に慈しまれる存在であって欲しいもんだ」
――貴方に血は似合わない。
 呟いた電柱の傍に、三日月はぺたんと座り込んだ。電柱はおや、と気付いた。三日月の手には酒瓶がある。
「最後の夜になるのなら、じじいの酒の相手でも務めてくれんか」
 そう言って、三日月は電柱の足元に酒を引っ掛けてやった。良い香りがする。きっと高い酒なのだろう。
「もういなくなる俺みたいなのに、貴方勿体ないことするなあ」
 三日月のように人の身を得ることすら叶わない自身に、何と優しい刀なのだろう。
「はは。もう会えなくなる友との別れを惜しんで、悪いということもあるまい」
 口調は普段のそれとさほど変わらない。(2/3)


 本丸の門より出た三日月宗近は、門の傍にひっそりと控える古びた電柱にそっと手を添えた。
「電柱殿、明日でお別れか」
「……ああ、三日月さん」
「済まぬ、寝ておったか」
「いんや。自分の撤去が決まってから、人の心は自分から離れて行った。そうなると自分ら付喪神というのは、存在が不安定になる。虚ろで朧になって、生きているのだか消えたのだか。自分でも分からなくなるもんさ」
 三日月は切なげに眉を寄せた。
 この本丸が稼働を始めて、十年以上が経過した。その間に本丸の戦力も潤沢なものとなり、始めはその若さから軽んじられていた主であったが、政府よりその力を認められる運びとなった。手始めに、本丸の周辺環境を整えてやるという。
 まずは、門の傍に控える古びた電柱の撤去である。その後は道を整備して、馬が走っても土埃の立たない道を作ってやるのだという。(1/3)


「今度は他の子に頼んでみるよ、大典太も疲れただろう。こっちが落ち着いたら大典太の三日月にも声を掛けるから、部屋で待機していてくれ」
 そうして大典太は新しい三日月と共に鍛冶場を後にした。
ーー大典太の三日月。
 便宜上主はそう言ったに過ぎないが、その表現に大典太は真っ赤になった。続いて、隣で周囲をきょろきょろと見渡している、レベル一の三日月を見下ろした。
ーー三日月が刀解されずに良かった。この本丸に三日月は大勢いるが、皆他の刀と恋仲だ。俺が来る前から既にそうなっていた。
「大典太?」
 名を呼ばれ、大典太は慌てた。これからどう接して行けば良いのか、自分のような気の小さい刀には分からない。
「どうやら主の希望の刀ではなかったようで済まぬ。だが主はどうやら、俺を残してくれるようだ」
「……ああ」
「俺はどうなるのだろう」
 呟く三日月は、大典太の服の袖をきゅっと摘まんだ。
 笑顔を浮かべているが、彼なりに不安を感じているのかも知れない。思った途端に大典太はその手を掴んだ。
「俺が守ってやる。何でも教えてやる」
 咄嗟の宣言に、三日月は目をぱちぱちとさせ、微笑んだ。


「あぁ四時間だ、大典太、札使って良いよ」
 小豆長光を狙って鍛刀を続けていた審神者が、そう言って近侍の大典太光世に手伝い札を渡した。
 大典太は、鍛刀を任されるのが初めてだった。最初に出したのが四時間で、目当ての小豆ではなかったが、審神者は上機嫌である。四時間といえば三日月宗近か小狐丸という希少な刀剣が確定するためだ。
 大典太は息を呑み、妖精さんに札を手渡した。すぐにカウントが始まり、鍛冶場に一際強い輝きが広がる。
「三日月宗近だ。うちのけが多いゆえ、三日月と呼ばれる。よろしく頼む」
 大典太は足元から伝わるぞわぞわとした感動に身を任せていたが、不意に主へ顔を向けた。
ーー三日月で、小豆ではない。主が不要だと刀解してしまったらどうしよう。
「主、小豆長光を顕現させられずに済まなかった。それでこの三日月だが、出来れば刀解は」
「ああうん、鍵を掛けないと」
 大典太が言うよりも先に、主はあっさりと頷いて三日月をロックした。これで三日月は、刀解されることも、練結の材料になることもなくなった。(1/2)


 有り余るこの霊力で、三日月宗近を破壊する夢をたびたび見る。触れた指先から、三日月の体が土くれのようにぼろぼろと崩れ去る、そんな夢だ。
 人の身を得てしばらくの間、大典太光世は何かに触れることを恐れ続けた。すこしずつ周囲の助けを受けながら、触れる行為に慣れたと思った頃、また同じ夢を見る。
 夜半過ぎに目が覚めた。隣で眠る三日月に息を呑む。夢の中で自分はまた、彼を壊してしまった。
「……」
 夢と現の違いが分からず、大典太は縋るように、寝息を立てる三日月の背に腕を伸ばした。震える指先でとんと押し、慌てて離す。
ーー良かった、壊れずに済んだ。
 全身濡れるように汗をかいている。だが大典太は構わず、三日月を背中から抱き締めた。これは夢ではない、彼はこのようなことで壊れはしないと、確信を得たかったのだ。
 がたがたと体を震わせる大典太は、三日月の項に顔を埋めて目を閉じた。
 暗闇の中で、開かれた両目の三日月が、背後を気遣うようにきらきらと輝いている。


「今日で本丸に戻るんだな」
 三日月宗近が焼いた、トーストの上に目玉焼きとベーコンを乗せた食パンを齧りながら、大典太光世は呟いた。
「うむ」
 ミルクティーを啜る三日月は、どうということもなく頷く。
 現代遠征を終えた二振りは、本日の夕方、本丸に帰還する。本丸に繋がる門を開くまでの準備が必要だとかで、主から暫くの待機を命じられていた。
 任務の最中、共同生活を送った。元より恋仲であるから、一つのベッドで眠り、幾度も夜を過ごした。惜しいな、と大典太は思う。
「あんたは、帰るのが惜しそうではないな」
「そう見えるか?」
 三日月はふっと吐息を零した。おや、と大典太は気付く。三日月にしては珍しく、両の目が潤んでいた。
「……まあ、本丸に戻ったからといって関係が変わるわけでもあるまい」
「おい、泣くな」
「そう見えるか?」
 やっぱり三日月は同じことを言った。大典太はどうしてやれば良いのか分からなかったので、とりあえず席を立って向かいの彼の傍に立ち、ぐっと力を込めて抱き寄せた。
「宗近」
 呼ばれて顔を上げた彼の唇を、優しく吸った。

【R18】 Show more


 鶴丸国永が縁側に出ると、そこに座り込んだ人を見付けた。うつらうつらと首を動かし、どうやら深い眠りに就いているらしい。
 彼の肩には新選組の羽織が掛けられ、膝には鶴丸の弟分がいつも腰に巻いている赤い布が置かれ、更に彼の腰の周りには五頭の小さな虎が丸くなって寝息を立てている。
 ムカ……とした鶴丸はずかずかとそちらに足を向けた。目を覚ました虎たちは鶴丸の不機嫌に気付いて皆がどこかへ散って行く。
 鶴丸は未だ眠っている三日月宗近の背後に立ち、そっと彼の肩の羽織を退かして、代わりに自らの白い羽織を肩に掛けてやる。そのまま彼を背後から抱き締めてやると、白い首筋から柔らかな香りが漂って来る。
「ん……つる……?」
「まだ寝てて良いぞ」
「分かった……」
 寝起きでぼんやりとしたようすの三日月は、鶴丸の腕の中でもごもごと動いて、やがて落ち着く位置を見付けたらしい。肩を丸め、鶴丸の胸にその身を預けるのだった。


「ミカヅキさん……」
 呟いた青年は、手に握った布の切れ端を見詰めた。美しいあの人が纏う着物は、そのものさえ美しい。
 彼の知らない遠い場所からやって来た麗人は、常に青年やその師を背後に庇いながら、命がけで自分たちを守ってくれた。だのに、感謝の気持ちを、自分たちは満足に伝えられなかった。
「幻のようなお方だった……でも、ここにあの方のいた痕跡は確かにあるんだ」
 不意に、刀を打つ自分たちを無邪気な目で見詰めていた彼が浮かぶ。長い手足に、ひどく整った容貌。だが屈託のない笑顔と柔らかな声音。それらの全てが、青年を魅了した。
「……ミカヅキさんには帰る場所があるのに。引き留めれば良かった、なんて」
 じわじわと後悔が押し寄せて来る。だがそれ以上に、あの人の元の居場所を取り上げて、笑顔を曇らせることはしたくなかった。
 青年はそれなりに執念深い質であると自覚している。だが欲しい、と思ったものを望んで見送ったのは初めてだ。それも全て、ミカヅキムネチカの人柄の成せる技だろう。
「でもやっぱり……」
 今度会えたら、きっと自分は彼を二度と手放さないだろうな、と青年は予感する。

いろは boosted


「良いですか、第二部隊の面々を助けて上げて下さい」
 主の指示に従い、時代を移動するためのゲートにやって来た大典太光世と膝丸、髭切、山姥切国広の四振である。だがそこにあるべき姿がなく、大典太は眉を寄せた。
「……三日月がいない」
「三日月だったら主に別の用事で呼ばれていたよ?」
「出来るなら戦いたくはない」
 大典太は顔を俯け、傍にいた山姥切の布を掴んだ。
「おい、引っ張るな」
「戦の苦手な俺がどうにか出陣していられたのは終わった後に三日月が頭を撫でてくれていたからだ。だがあいつがいない、どうすれば良いんだ」
「観念しろ。三日月はあんたのお守り役じゃないんだぞ」
 行くぞと大典太の肩を叩く山姥切に、帰りたい、と大典太はごねる。
「まだ出陣していないのにもう帰りたいのか」
「三日月の腕に還りたい」
「三日月はあんたの母親ではないぞ」
「あの包容力は実質母親のそれだろう」
「まあ、否定はしないけれど」
 ついには鼻を赤くさせた大典太は陣から下りようとするが、それより一歩早く、陣が輝き始める。
「あっ待て、せめて出陣前に頭を撫で」
 鼻声の大典太の声を残して。


 鍛刀部屋の扉が開く。中から姿を現した小狐丸と三日月宗近は、共に疲れ切った顔をしていたが、充足感に満ちた気配を纏っていた。
「旦那様がお待ちですよ、三日月殿。お互い長い戦いでしたが、やりましたね」
「ああ……結局やってくれたのは今回も小狐丸だった。上手くやれんで済まんな」
「何を仰います。お疲れ様でございました、では小狐はこれで」
 ふらふらと歩き始める小狐丸を見送った三日月は、部屋の外で待ち構えていた大典太光世の胸にどっと倒れ込んだ。
「宗近、やったのか」
 大典太は天下五剣の三日月と数珠丸恒次のみ、名で呼ぶ。
「やったのは小狐丸だが、ともかく謙信景光の顕現に成功した」
「そうか……あんたも良く頑張った。今は休め」
 三日月の額にはびっしりと汗が浮かんでいる。大典太はそっと彼を抱え、自室まで運んでやった。鍛刀にはともかく霊力を消費する。三日月は指先ひとつ動かすのでさえ、億劫そうだった。
「水でも飲むか」
 水差しを持ち上げて問うと、三日月は掠れた声で、
「口で移して欲しい」
 と強請った。大典太は彼を労わるように頬を撫で、口内に水を含み、三日月に覆い被さった。


「見せろ」
 大包平に凄まれ、三日月宗近は小さく呻いた。その三日月は、彼自身の胸元を押さえ、怯んだようすで大包平を見上げている。
「そんなに胸を押さえねばならんほど、酷い怪我を負ったのか。なら大至急手当を受けねばな。早くしろ」
「い、いや大包平、これは、そのぅ」
 三日月の腕を掴んで手入れ部屋に向かおうとする彼を、三日月は慌てて制した。
「怪我ではなく、だな……」
「何だ、お前にしては歯切れの悪い。言ってみろ、それとも逆に俺だから話し辛いというのか? それなら不服ではあるが、致し方あるまい……」
 多少がっかりとした口調で言うので、三日月は慌てて首を激しく左右に振った。
「お、驚く……なと言うのは無理だろうが、引かないでくれ。出来れば、嫌いになどならんで欲しい」
「何だ」
 意を決して、三日月は着物の袷を寛がせた。彼の胸の頂きから、白い糸がつぅ、と垂れる。大包平はそれに、両目を剥いた。
「おなごのように乳が止まらぬ……手入れ部屋でも治りそうにないと、ひとりでじっとしていたのに」
――見たからには言うなよ?
 切実な三日月の声音も、今の大包平には遠い。


 二人きりの遠征を無事に済ませ、現地で得た資源を抱えた大典太光世と三日月宗近は、帰り際に通り掛かった茶屋で一服していた。
「ここのわらび餅は美味しいなあ、頬が落ちそうだ」
 頬に掌を押し当てて微笑む三日月は、この世の幸福を一心に集めたような顔をしている。一方の大典太は甘味が苦手なので、抹茶を啜っていた。
「しかし済まぬな、俺ばかり頂いてしもうて」
「喉が渇いていたのは俺もだ」
――あんたが美味いなら、俺なんかを目の前にしてもそうやって微笑んでくれるなら。苦手な茶屋ぐらい幾らでも同行してやる。
「そうか」
 三日月はそう言って、彼の作業に戻った。代わりにこれはどうだとか、無理に勧めて来ることはしない。大典太は、無理を強要しない三日月のマイペースさが好きだった。
 三日月が甘味を平らげ、店の外に出、本丸への帰路に就こうとしたとき、大典太は思わずその腕を引いていた。
「……大典太?」
「……済まん」
 このまま二人だけでどこかに行かないかと、閉じた口内いっぱいに広がった言葉を、大典太は呑み込んだ。捕まれた三日月の腕が、ぎりりと悲鳴を上げた。


 ずず、と背後から鼻を啜る音が聞こえて来る。三日月宗近の細い首に分厚い腕を遣り、その項に額を押し付けている相手に、三日月は天井を仰いでふぅと息を吐いた。
「俺なんか蔵に仕舞われていれば良かったんだ。どうして主の呼び掛けに応じてしまったのだか」
「それは、まあ、主と俺が共に呼び掛けたので応えてくれたのだろう。俺は嬉しかったぞ」
「またやってしまった……俺の霊力のせいで短刀たちに怪我を負わせて、鳥ばかりでなく同じ刀まで」
「皆そのようなことを気にする子たちではない。それに怪我と言ってもかすり傷であったろう? お前が気に病むようなことではないさ」
「はぁ……」
 三日月の慰めにも、大典太光世は深い溜息を吐くばかりである。
「皆があんたのように打たれ強くて打撃が高くて、統率が高ければ、俺が怪我を負わせることもないだろうに……」
「ははは。それで大典太は俺にはこうして弱音を吐いてくれるのだな。いやしかし、俺のようなのがたくさんいれば、俺の世話をしてくれる刀がいなくなるな」
「そんなもの」
ーー俺なんかで良ければ幾らでも世話をしてやる。だから代わりに。
 到底言葉に出せぬ。


 三日月宗近の膝に頭を預けながら、日本号は微睡んでいた。昼下がりの午後、食後とはとにかく眠気を誘われて仕方がない。
「耳掃除といっても、大きな獲物は見当たりそうにないなあ。日本号は耳の穴の中まで綺麗だぞ」
「そんなところを褒められても微妙な気持ちになるんだが……いやまあ、有難てえけどな」
 三日月の細く節で硬い指が、耳かき棒で日本号の耳掃除をしてくれている。気持ち良いやら心地良いやらで、今ならば折れても後悔はしないだろうと、日本号は心底そう思うほどだった。
「……む。日本号、すごいぞ。大きな獲物が出た」
「は、本当か。ちょっと見せてくれ」
 耳糞など所詮は老廃物で、本来すすんで見る代物でもないが、大きなものが出たと言われれば見たくなるのが人間の性である。いや自分たちは人間ではないが、見たいものは見たい。
「顔をこちらに向けてみろ」
「お……」
 日本号が首を巡らせ、頭上の三日月を仰いだ瞬間、唇にちゅっと触れるものがあった。
「……気のせいだ。安心しろ、お前の耳から大きな獲物など出ておらんよ」
 顔を背け、耳まで真っ赤にしている三日月に、日本号はたまらず口元を緩めた。