アーチャー登場
まかないは、ある。
「だがまあ、どうせ食べるならうまいほうがいいだろ」
バイト先のメシがまずいわけではないけれど。
三倍以上の価格設定をしているレストランは賄い料理も美味い。味が値段に依存する場合は店それぞれだが、少なくとも隣の店は値段以上だと、ランサーの舌は判断した。
煙草からスプーンに持ち替えた。座る先は変わらず、椅子という名の家具ではなく、ただの段差だ。布越しでもコンクリートの欠けた感触がわかる。
そこに腰かけて、たった今提供された料理を膝に乗せた。トマトの酸味が香る。
「同情するなら客にだろうよ。シェフはオレだぞ?」
口に入れる寸前のスプーンを止めて抗議。だいたいシェフってなんだ、うちをお前のところと一緒にするな。
店舗数の増加を目標にしたチェーン店はコスト削減のために仕入れの統一が基本であり、出すメニューも決まっていた。当然、作り方にも仕様書がある。
まかないも、本来ならば賃金に相当するものであり、いくらか払う必要があると聞かされていた。今の店長はルールを厳守するタイプではないおかげで助かっているが。
「ならばマニュアル作成者に感謝するんだな。ナイフを握ったことのない人間でもまともな料理ができる。すばらしい企業努力じゃないか」
「口の減らねえ」
「褒めてもデザートはないぞ」
「ほめてねーよ」
それともいらないのか、と伸びてきた手から、ランサーは皿を庇って遠ざけた。トマトの赤いスープに米と野菜が覗くリゾットはまだ半分も減っていない。
褐色の指が空気を握る。
「……餌付けをしている気分だな」
「おう、ケンカなら買うぞ」
食い終わったらな。
「作ってもらっていながらひどい言い草だな。そちらのシェフに同情するよ」
ランサーの右斜め前に立った男が頭を振る。コックコートの下に隠された厚い胸が上下した。でかいため息だ。