世界のはじっこ(明るくない新一の話)
少年の腕が静かに落ちていって、喉仏に人差し指が触れた。ぴり、っとした痛みが走る。流れでたのは黒い液体だった。
「お前が捨てたものを拾っているんだよ、オレは」
「やめろ、」
声を振り絞れば、少年が笑う。白く、ちいさな両手が首にかかった。じりじりと焼けるような熱さを孕んだ不思議な手にトンと押され、体が落ちていく。
「おまえも一緒に落ちればいい!」
世界のはじっこからこちらを見下ろしている少年に腕を伸ばしたけれど、掴まれることはなかった。なにより、届く距離じゃないことをオレはわかっていた。一緒にいられない。ぜんぶ大切だとおもっているのに、いつだって選択肢がある。自分が選ばなければならないのだ。だってここは世界のはじっこなんだ。普段は視界にはいらない。風だって吹くし、雨だって降るのに。壁もなければ屋根もない。それでいてキラキラと煌めいている。ここに彼はいる。ずっとここで立っている。痛くて、痛くて、心が剥がれてしまいそうだった。
世界のはじっこ(明るくない新一の話)
彼は、いつだってそこに立っていた。風の強い日も、殴るような雨の日も、からっとした太陽が眩しい日も、変わらずそこに立っていた。
「何をしてるんだ?」
「集めてるんだよ」
「だから、何をって聞いてんだ」
少年はゆっくりと振り返る。空へ向かって大きく広げた手はそのままに、プラスチックのフレームが通り過ぎて、まあるい目がこちらを捉えた。
「それは、ルール違反だよ、工藤新一」
優しく微笑んだ少年がそう言った。どきりと心臓が跳ねる。ルール違反だと咎められたことに驚いたんじゃない。少年の声が、あまりにも冷たく、低いものだったから。
「お前は、わかるだろ」
青いジャケットに赤い蝶ネクタイ。自分の幼い頃によく似ている彼。にこにこと笑みを絶やさないままこちらへ近づいてくる彼に慄いて後ずさった。
「わっ、」
踵が浮く。地面がないのだ。切り取られた世界のはじっこに立っているようだった。恐ろしくて振り返れない。もうこれ以上逃げられない。足音を立てず、彼は振り向いた時ときと同じようにゆっくりと動いた。確実に縮まる距離に息を飲んだ。
「わかっていることを聞くのは、狡い」
ポンコツ快新
いつかはこういう日が来ると思っていた。
「結婚?」
「ああ、うん、そろそろいいんじゃないかなって」
快斗が照れたように俯いて、カップを混ぜた。かちゃかちゃと銀のスプーンが白いカップの内側にぶつかって、落ち着きのない音がする。
「オレたち、随分遠回りしたけど。やっぱりこの先も、ずっと一緒にいたいのはただひとりだなって」
快斗がカフェオレを混ぜるスピードがあがった。くるくる回り続けるカフェオレは泡立ちはじめていて、ずっと見ていると吸い込まれてしまいそうだった。
「そっか。まあ、いいんじゃねえの」
つっかえた言葉をなんとか吐き出して、精一杯のポーカーフェイスを添えた。
「いいの?」
快斗がちらりとこちらを見る。ぴた、と銀色の奏でる音が止んだ。
「オレが許可することじゃねえだろ」
「えっ」
「オメーが決めたんだろ。なら、そうすればいい」
「ほんとに?」
「ああ、もちろん。幸せに、な、」
れよ、と、震えを誤魔化しながら伝えようとした言葉は、テーブルの向こうから身を乗り出した快斗に遮られた。
「やったー! 愛してる新一!」
「……え? オレ? はぁ!?」
黒羽→←工藤/大学生/ある日の午後
黒羽快斗は軽率だ。なんでもないように、それが人間の自然な動きであるかのように、とんでもないことをやってくれる。
オレは、黒羽にさらわれた指先を取り返せないまましばらく固まっていた。アップルパイの横に添えられていた生クリームがうっかりついてしまった人指し指は、黒羽に食べられてしまった。ぱくりと、まるでチョコを一粒含むように自然に唇に挟まれたあと、出てきた指は間違いなくオレのものだった。よかった、指先は残ってる、なんて馬鹿げた思考に陥ったオレは混乱していた。今何時?14時、カフェタイム。自主休講を決めて人がまばらな構内のカフェに来てたんだった。漸く動くようになった首を動かして周囲を見渡した。オレだけじゃない、横のテーブルに座っている女の子はふたりとも口を抑えて、斜め後ろに座っている男の子は口をあけたまま口に入れるはずのパスタを右手のフォークに巻きつけたままで止まっていた。
「案外甘くないぜ、新一も食えるんじゃね?」
「おまっ、急になにすんだ!」
視線を戻し、黒羽を睨む。
「いいじゃん、減るもんじゃねえし」
顔が熱い。オレのHPは減りまくりだ。
快新が好きで書いてます/名探偵右はなんでも見ます/成人済