本当にバカはかわいそうだねぇ。
『夜行バス』という単語から『決の肉のとれる夢』を連想したんだろうけど、相手がどうでしょうネタ知ってるかどうか未知数なのにブッ込んできて、テンプレ通り返さんと『わかってない』みたいに思うんだろうね。

自分の脳内にあることって、自分の脳内にしか無いってわかんないのかなぁ。
だからあんなクソリプぶん投げて平気なんだろうけど。

図らずも「自分を能力ある人間だと思い込んでいる愚図学生」と意見交換できた。

いやはや、勉強になったな。
教師もクラスメイトもバカにして、己は登校拒否かい。
そりゃあ視野狭窄にもならぁなw

バカってああやって作られるんだなァ

嫌な奴なんて死んだって心は痛まないさ。
みんなもそうだろ?

質問をしてくる人間は、二通りだ。
考える材料が欲しい人間と、考えたくない人間のな。

吾輩は、吾輩が憧れていたものと正反対の位置にいることに気づいた。
憧れを追いかけていたつもりが、逆方向に走っていたのだ。

それがたまらなく嬉しいのだ。

カードキーの少ない人間でも通れるゲート。
これこそが「優れた表現」を生み出すヒントにちがいない。

感性を磨かない人間が手にしているカードキーのパスなど、想像に難くない。

そのパスコードを含めて表現することなど、実は造作も無いのだ。
なぜなら、表現者の通る道にもそのパスコードを使って通ってきたゲートがあるのだから。

多くの者が通りやすいドアとは
「より多くのカードキーで開くドア」なのだろう。

フリーパスではない。
それは人の感性がそれぞれであることの否定だ。

公倍数という例を出したが、この倍数の素となる数字とは人間ひとりひとりの感性のパスのイメージだ。
このパスとなる数字は「ひとりにひとつ」だと思い込んでいた。
これが違っていたのだ。

感性を磨くことによって「複数のカードキーを所持するように」数が増えるのだろう。

感性の足りない人間は「数字が小さいor足りない」のではなく「数が少ない」のだろう。
カードキーの枚数が少ないのだ。

優れたものは万人にわかるのだ。

最大公約数ひとつひとつに合わせているなんて小さなことではなかった。

「万人の最大公倍数」という途方もない存在だったのだ。

自分では優れていると思っていても「凡人にはわからない」という思い込みと
「大衆に受けるものの多くは優れている」という事実は矛盾している事に気づいた。

おかしいじゃないか。
「凡人に良いものはわからない」なら、「大衆に受けているもの」に「優れたものが多い」なんて。

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