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全てを一人で作成したことによる強固な一貫性の素晴しさもあれば、複数の人間が集まって、複数の手つきと複数の価値観をよせ集めて作った、一貫性のほつれの隙間から輝く多様性の素晴しさ、というものもある。そのどちらが偉いか、なんていう選別のほうには行かず、「そのどちらもに感動していいなんて、なんて豊かなんだろう!」という喜びをとりたい。

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「そんなわけで、絵に何が描かれているのか、その具体的な内容を語ることとともに、ここで心がけたのは、作品中の細かい描写を言葉でなぞる努力をすることでした。情景や人物の表情を読み取って文章化するのは、かなり押しつけがましいことかとも思いましたが、私の願いは、それを手がかりに、もう一度絵を細かく見直して楽しんでもらおうということでした。いったん絵に惹きつけられれば、作者や表現内容について多少とも知りたくなり、考えたくなるのは当然なのですから、知識はつねに後追いでいいのだと思います。絵に感心し、面白がりながら、ここはどうしてこうなのだろう、と疑問をもち、それに自分なりの答えを出そうとして調べたり、自由に古今東西を行き来して、いろいろ比較してみたりすることは、誰にとっても楽しいことではないでしょうか。この本(※「一枚の絵から 海外編」)でご披露したのは、その、私なりのやり方です。」(高畑勲)

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「これからはじまる映画はたとえウソのようにみえても本当に起ったこととしてうけとってもらいたい、そして次々と起る出来事に積極的に立合い、内容の展開や人物の行動をじっくりみつめていってもらいたい、という願いもこのシーン(『太陽の王子 ホルスの大冒険』冒頭)に託していたのです」(高畑勲)

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「……。彼の言説は、その抽象性に基盤をおいているから、人を動かさない。説明として人を安心させるだけなのです。「史的資本主義」に対する批判において「私たちはラディカルでなければならない」というんだけれど、その「私たち」って、いったい誰なんですか。「左翼の大学教師」ですか。「左翼の知識人」ですか。それとも、彼に共感する人たちだけなのですか。それならそれで一向にかまいませんが、彼はそれをあたかも人類の課題であるかのようにいう。実際、彼は、言説の主体である「私」とその不特定多数の読者たちを含めて「私たち」とがいつでも融合可能だと思っている。そうした点において彼は「保守=右翼」なのです。そして、そうしたみずからの「右翼性」に無自覚な自称「左翼」は、国籍、性別、年齢に関係なく、総じてくだらない。……。」
(蓮實重彦『「知」的放蕩論序説』)

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「「史的資本主義」に対する批判において「私たちはラディカルでなければならない」というんだけれど、その「私たち」って、いったい誰なんですか。「左翼の大学教師」ですか。「左翼の知識人」ですか。それとも、彼(※ウォーラーステイン)に共感する人たちだけなのですか。それならそれで一向にかまいませんが、彼はそれをあたかも人類の課題であるかのようにいう。実際、彼は、言説の主体である「私」とその不特定多数の読者たちを含めて「私たち」とがいつでも融合可能だと思っている。そうした点において彼は「保守=右翼」なのです。そして、そうしたみずからの「右翼性」に無自覚な自称「左翼」は、国籍、性別、年齡に関係なく、総じてくだらない。」(蓮實重彦『「知」的放蕩論序説』 159頁)

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「それほど、映画はおもしろいかなどと訊かれたら、映画ファンとしては、人生はおもしろいかとまともに問われたのと同じくらいの戸惑いを感じざるを得ない。人生がおもしろいのではない、人生をおもしろくしなければ生きる甲斐がないとしか言いようがないではないか、と」(山田宏一)

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「ロージー いや、驚いた。あなたは私のことを完璧に知りつくしていますね。信じがたいことだ。私が映画を撮りはじめたのは、短編を含めれば、一九三九年のことですが、これほど完全な知識を持った人にインタヴューされたことは初めてです。信じがたいことだ。
 蓮實 敬愛する作家についてより多くの情報を吸収するのは、オマージュとして最低限のことだと思っています。」(「亡命者の栄光 ジョセフ・ロージー氏に聞く」より)

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「映画について語ったり、書いたりする行為も、映画を「疑う力」としての〈批評〉とか、映画を「断念し、否定し、奪うことから始まる」ような、ケチくさい禁欲的な〈批評〉にとどまっていることはない、と考えたいのである。映画ファンとして、映画的快楽を無限に追求し、無限に拡張させ、作品をとおして、映画をつくる側と見る側のあいだで、自由に多角的に対話をふくらませ、こうして〈批評〉は、各人各自の個人的な快楽の増幅のために闘争していく次元で、一種のアナーキーに突入すべきではないか」(山田宏一)

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「もし「表現の自由」というものがあるとするなら、それは「クズである自由」なのだ。それがわからないなら、文化について口出しすべきではないのである。」(高橋源一郎)

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