ボツになった遊京浮気ホモ序文 その1
何の冗談だ、と鼻で笑ったことは謝ろう。しかし信じられるわけがあるまい、まさかお前が——
「はっ、結婚?誰が?」
唐揚げを口に運んでいたクロウが、その手を止めて眉を吊り上げた。
「だ、か、ら、俺だっつってんだろうが! いい加減にしろお前ら」
居酒屋特有のべたついたテーブルに拳を落とすと、奴は憤ったように言い放った。派手な音を立てて揺れた天板から避難させるように、遊星が酒の入ったグラスを持ち上げる。
「鬼柳、今日は四月一日ではないぞ」
ふと最後に残った可能性を口にすると、鬼柳は俺の肩を渾身の力を込めて殴ってきた。驚くほどの衝撃が肩甲骨を襲い、続いて鈍い音が鳴った。貧弱な外見をしているくせにやたらと力が強いから、その痛みはなかなかのものだ。余程殴り返してやろうかとさえ思ったが、睨みつけるだけに留めておいた。珍しく冗談が通じなかったということは、それだけ本気で嬉しいのだろう。
その3
黙って日本酒に口をつけていた遊星が、鬼柳の一言にぴくりと反応した。暫しの間の後、うまくやっているんだな、と呟く。おう、と元気良く言葉を返す鬼柳に彼は薄く笑ったのだが、その顔を目にして俺はどきりとした。あまりにも生気のない笑みなのだ。大きな青い眼はいまや酒の席に似つかわしくない絶望と悲壮感を湛えて、今にも決壊してしまいそうに震えている。なんとかして笑おうとしている様が余計に痛々しい。世界が明日滅ぶと言われたとて、この男がこのような顔をするはずがあるまい。此奴は昔からやたらと鬼柳に執着している、もしくは心を奪われているようなふしがあったが、その理由とはまさか——声を掛けようにも、推測した結果と目の前の陰鬱な表情に気圧されてしまう。今はそっとしておいたほうが賢明だろう。後でゆっくり話を聞くことにして、また甘すぎるカクテルをひと口飲んだ。
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その2
「エイプリルフールじゃねえよ! どんだけ信用ねえんだよ俺」
「……だって、なあ?」
あり得ないだろう、こんな奴が。黙っていれば見てくれだけはいいものの、ひとたび動けばなにかと面倒ごとに巻き込むトラブルメーカーと化す。俺たちですらカバーしきれないところもあるのに、どんな女なら此奴を受け止めきれるのか——とクロウが思っているのは明白だったし、無論おれだって同じことを考えていた。あからさまに訝しげな顔を横目に見ると、クロウは肩をすくめて苦笑した。俺はため息をついてカクテルを一口飲んだ。透き通ったそれは妙に甘ったるく、思わず眉間に皺が寄る。
「……まあ、蓼食う虫も好き好き、というやつなのだろう」
「おおっと、嫁さんを悪く言うのは許さねえぞ」
誇らしげに弧を描く口元が憎たらしい。いかにも羨ましいだろう、と言いたげな面を見れば、とてもではないが素直に祝ってやろうなどとは思えない。 こいつの口から「嫁」などという言葉を聞くことになるとは——ことにそれが本人の妻を指しているということが全く以って信じられない。まさかあの鬼柳が誰よりも早く伴侶を持つことになるとは、一体誰が予想しただろうか?