「燭台切さん、あの、私、あなたが好きなんです!」
残業中のコピー室から聞こえる、よく見知った名前に足が止まる。
コピー室のドアのすき間から見えるのは、社内の女性人気ナンバー1である営業部の燭台切光忠だ。
イケメンでスタイルがよく、物腰が柔らかい。どんな人間にも優しいし紳士的だ。曲者だらけの営業部で、営業成績ナンバー1でデキる男だ。
「ごめん、ボクには好きな人がいるから」

燭台切が発した言葉に少なからずショックを受けてしまう。俺、長谷部国重は燭台切に恋をしているからだ。きっと燭台切の恋愛対象は女だろうから、ただの男の俺じゃないことは言われなくてもわかる。

「…わかりました。じゃ、せめて…」
扉のむこうから、何か物音がした。そして、すき間から燭台切が女子社員にキスをされているのが見えた。燭台切はされるがまま、それを受け入れていた。
そんなキスシーンを見てしまった俺はその場から立ち去った。

「燭台切さん、秘書課の人にキスされたんだって」
「濃厚なキスしてたらしいよ。燭台切さんとホテルにも行ったんでしょ」
翌日の朝、耳に入ったのは。燭台切と秘書課の女がホテルに行ったらしいという噂話。そんなの聞きたくなかった。
「長谷部くん、おはよう♡」
給湯室でお茶を飲んでたら、燭台切に声をかけられる。
「おはよう」
「長谷部くん、君寝てないの?」
燭台切の長い指が俺の目の下を掠める。
「気安く触るな」
「目の下のクマ、ちゃんと寝ないと駄目だよ。それに食事はちゃんと食べたの?」
「お前には関係ないだろ」
「いいや、関係ある。長谷部くんさ、ちゃんと寝て食べないと倒れるよ」
そんな悲しげな表情で俺の心配なんかするなよ。勘違いしてしまいそうだ。
お前が心配するのは、俺よりも…。
「今夜、長谷部くんのうちに行くからね」
俺の耳元で甘く低い声で囁くものだから、心臓がドクドクとしてきてしまう。朝から、その声は反則だ。腰にくるからやめてほしい。なんだかんだ燭台切のことが好きだから、俺は反発も抵抗出来ないのだ。
「…勝手にしろ」
「今日は残業しないから、経理部に迎えに行くから待っててね」

「長谷部くん、まだまだ料理あるからね」
「燭台切、そんなに入らない」
今日は残業せずに燭台切と買い物をして自宅に帰る。
以前燭台切がいる前で倒れて、栄養不足と医師に指摘されてから、たまに燭台切が部屋に来るようになってしまったのだ。
「おなかいっぱいになった?」
「もう充分だ。燭台切、悪かったな。彼女いいのか?」
「彼女?長谷部くんは僕に彼女いないの知ってるじゃないか」
彼女はいないけど、好きな人はいるんだろ?その言葉は飲みこんだ。
「僕は長谷部くんといるのが癒されるんだ」
そんなわけないだろ。男の俺よりも可愛い女がいいに決まっている。
「長谷部くん、今朝からなんかおかしいけど。なんかあったの?」
こういう時の燭台切の察しのよさを呪う。だいたい俺がおかしくなるのは百発百中でお前のことだから、なんて言えない。
「別に何もない」
「長谷部くんは、そうやって無理するのよくないよ。僕と長谷部くんの仲だろ?」
お前はそんな甘い言葉で、俺を振り回す。俺のことなんか好きじゃないくせに、俺に変な期待を持たせないでほしい。
「俺とお前は、ただの同僚だ」
そう言っておかないと、自分が自分じゃなくなる。

「本当に素直じゃないんだからな、長谷部くんは」

素直な女のところに行けばいいじゃないか、なんて言えるわけがない。

「長谷部くん」
燭台切が俺を後から抱きしめている。
「しょ、燭台切?」
「長谷部くん、僕はただの同僚にここまでしない。君にしか、こんなことしない」

燭台切?お前は何を言ってるんだ。まるで愛の告白をされてるみたいになってきて、むずかゆくなる。

「ねぇ、好きだよ。君のすべてが好きなんだ」

その告白は、まるで甘美な毒のようで。俺の心の中までをも浸透する。俺が好きなんて、両思いじゃないか。

待てよ、燭台切には好きな人間がいるはずだ。

「お前には、好きな人がいるんじゃないのか?」
「好きな人は長谷部くんだけど」
燭台切は開き直った表情で、俺のことを好きな人と言う。
「長谷部くんはどうなの?」
「そんなの、男のお前に抱きしめられるのを許してる時点で気づけ。嫌いだったら、今の時点でこの部屋から追い出している」
「長谷部くんは猫みたいだね。わかったよ、今は好きって言わなくてもいいから。長谷部くん、こっちむいて♡」
燭台切に言われるがまま、後ろを向くと。

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端正な作りの燭台切の顔が近づいて、俺の唇に己のそれを重ねた。何か手入れをしているのか、ふにっと柔らかった。キスも悪くはない。
「長谷部くん、そんな物欲しそうな顔しないでよ」
「キス悪くなかった」
「そっかよかった。もう一回してもいい?」

俺はその返事のかわりに、自分からキスした。
「長谷部くんの前だと、僕はカッコつかないな。OK、じゃリクエストに答えるよ」

お互い飽くまで、キスをした。この関係はどうなるかはわからない。でも赦される限りは、一緒にいたいなと熱に浮かれた頭でそう思った。

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