二次創作の許容は近視眼的に見ると市場が活性化してるように見えることもあるが、長期的に見ると緩やかに市場は縮小し、衰退する。

日本の美術・芸術市場が閉塞的で世界に通用しない原因の一つとして、二次創作における病的なまでの寛容さが挙げられると思う。

そもそも芸術家が政治家の土俵に上がり込んでどうする。君達の役割は社会に新たな風を吹き込むことだろう。役割を履き違えてるよ。

芸術家やアーティストが政治的な発言をしだしたらロクなことにならない。結局感情論に終始しているし、しかも左寄りになりがち。ロジカルな思考ができないと周囲にさらけ出してる様なものだから、いっそ口を紡いでいたほうが恥をかかずに済むぞ。

そもそも芸術という概念自体が資本主義をベースとして成り立っており、故に不純な価値が付いてくることからは不可避と言ってよい。芸術を意識したその瞬間から、表現における葛藤が始まるのだ。

芸術は値段がついた時点で純粋性を失う。値段とは社会によって作られた"外側"の価値だからだ。しかし私は自分の作品に値段がつくことから逃げない。純粋さとは、不純な価値をもってでしか証明できないからだ。

仕事に誇りとプライドなんて必要か?そんなものがあるから世の中全体が窮屈なものになる。変に誇りとプライドを持ったプロフェッショナルやスペシャリストが社会全体を萎縮させている。

何かに抵抗したり敵がいたりすることによって、時にはそれが生きる糧になることもあるだろう。しかしそれは同時に、精神的幼さの証明でもある。

芸術とは努力の証。努力を放棄した人間は芸術性に乏しい。どれだけ才能に満ち溢れていてもである。

「無関心」を非難する者は、何かに対して全力で取り組むという経験をしたことがあるのだろうか?
全力で取り組んでいれば、無関心な者に関心が行くことはないはずなのだが。

まあそれでも、どうしても伝えたいことがあるのなら結局言葉で説明するのが一番だ。

作品を「伝える」ということに囚われすぎると、つまらないものしかできなくなってしまう。
結果にとらわれず、自己完結することによって、解釈の自由が生まれる。
それが真の創作である。

まず何よりも自分が納得することが大事。
伝えることありきじゃダメだ。
伝わらないのは、単純に相性が悪かったというだけの話。
さっさと次に移ろう。

マーケティングなどという血の通ってないデータを信じるくらいなら、単純に自分が欲しいものを追求した方がよっぽど伝わりやすい。

人生楽しまなきゃ損なんて言うけど、ネガティブな感情とも向き合わなきゃ楽しんだことにはならない。

密なコミュニケーションも、過度に干渉し合うことも、価値観をすりあわせることも本当は必要ない。
というより、しない方がいい。
摩擦や衝突とはそういうところから生まれる。
だから理解し合う必要などない。
互いを尊重し合うだけで十分だ。

絵描きとして活動していますが作品紹介よりも独り言の方が多め。日頃の鬱憤晴らしも兼ねてるので若干棘ありなのは多めに見てもらいたい。 

無論人との繋がりなど一切必要ないなど言うつもりはないが、例えば”ご近所付き合い”の代替えとしてSNSが台頭してきたというのはあるだろう。
リアルでの繋がりをSNSで補うのは、矛盾でもなんでもない。

現代人は人との繋がりが希薄な割にはSNSでの繋がりを求めるから矛盾しているというが、個人的には「?」だ。
単純にSNSとの繋がりで間に合うようになっただけで、元来人間は孤独を味方につけることによってでしか人生を実り豊かのものにしかできないと私は考えている。
人との繋がりはあくまで”補い合い”であって、それを安易に盲信し、煽り立てているようでは、いうならば自分は中身がないスカスカな人間ですよと公言しているようなものなのだ。

人間は人同士の関係性によって社会を築くという一方的な決めつけが、発達障害や自閉症と称して彼らを迫害しているのでしょうね。

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