ワンダ @daruma034@pawoo.net

そもそも芸術家が政治家の土俵に上がり込んでどうする。君達の役割は社会に新たな風を吹き込むことだろう。役割を履き違えてるよ。

芸術家やアーティストが政治的な発言をしだしたらロクなことにならない。結局感情論に終始しているし、しかも左寄りになりがち。ロジカルな思考ができないと周囲にさらけ出してる様なものだから、いっそ口を紡いでいたほうが恥をかかずに済むぞ。

社会や環境のせいにするのは努力が足りないからだとよく言うが、そんな事では前に進まない。いい加減気付こう、そして声をあげよう。「この社会は何かがおかしい」と。まずはそこからだ。

そもそも芸術という概念自体が資本主義をベースとして成り立っており、故に不純な価値が付いてくることからは不可避と言ってよい。芸術を意識したその瞬間から、表現における葛藤が始まるのだ。

芸術は値段がついた時点で純粋性を失う。値段とは社会によって作られた"外側"の価値だからだ。しかし私は自分の作品に値段がつくことから逃げない。純粋さとは、不純な価値をもってでしか証明できないからだ。

仕事に誇りとプライドなんて必要か?そんなものがあるから世の中全体が窮屈なものになる。変に誇りとプライドを持ったプロフェッショナルやスペシャリストが社会全体を萎縮させている。

何かに抵抗したり敵がいたりすることによって、時にはそれが生きる糧になることもあるだろう。しかしそれは同時に、精神的幼さの証明でもある。

芸術とは努力の証。努力を放棄した人間は芸術性に乏しい。どれだけ才能に満ち溢れていてもである。

脳筋馬鹿が多すぎる。

昭和の頃は、21世の未来は街にチューブが通ってその中を人間が歩いているっていう未来像が主流だったらしいが結果はご覧の通り。
今巷で騒がれている人工知能ってのも、同じようなものなんだろうな。

自分を信じる力と金を信じる力は反比例するのではないだろうか。現代人は自分を信じることができてないから、金という目には見えるが実体のないものに価値を見出そうとしているのではないだろうか。