莉良 @bananacake

▽千景が時折この部屋で赤ん坊のように甘えていることを他は知らない。みっともなくぐずぐずになって会話もままならなくなる。嘘のように聞こえるだろうけど本当の話だ。こうなってしまうのはストレスが主な原因らしいが、一体何がそんなに千景を苦しめているのか至には想像出来なかった。けれど、どんなに調子が悪くても朝起きた時には元の千景に戻っている。そのかわり自分が退行していた時の記憶は何一つ覚えていなかった。昨夜もスイッチが入った途端、舌足らずな口調で「ち、あさき」と何度も自分を求めてきたけれど、本人に話したところで信じて貰えないのがオチだろうから心の中にしまっておく。千景の可愛いところは自分だけが知っていれば良いのだから。隣から聞こえてきた微かに呻くような声に反応する。「あ、千景さん。起きました?」「う……んん……」いつもだったら直ぐに目を覚ますのに今朝は嫌々と小さく首を振った。何となく嫌な予感を覚えながら、至は布団の上から軽く体を叩く。返事の変わりに返ってきたのは甘えたような泣き声だった。「千景さん……?」「う……うぅ……っ……ちぁ、しゃ……」一度生まれたヒビが消えることは無いと分かっていたのに。