切る百合 

親友が髪を切った。私が男の人に告白をされた次の日に。彼女の艶やかな、何重かの光の輪を冠する長い髪。
多くの時間を経て完成したそれは、彼女にとっても大切な物であったはずで。
「髪、どうしたの!」
朝の教室で彼女を見た時、私は人目に憚らず大声を出してしまった。おはようと言おうとした所で固まった彼女は、実に何でもないように、
「いや、気が向いたから」
と言った。それを聞いた私は開いた口が塞がらず、彼女を差した指もそのままで「何で」とこぼした。
自分でも思っていた以上に私は彼女のあの髪が好きだった。
「ちょっと、どうしてあんたが泣くの!」
私は自分でも頭の中がよくわからなくなっていた。
「私、私……!」
しゃくりあげると、息が詰まって喋り難かった。
「ちゃんと、告白断ったのに!」
その言葉に彼女は眉を顰め、首を傾げ、やがて大慌てで私の顔にハンカチを押し当てた。
「そうだけど、そうじゃないよ」
そして、彼女が私にゆっくりと諭すように話しかけてきた。
「ホント?」
ぼやける視界の向こう側に、眦を下げた彼女の顔が見えた。
「本当だよ」
私は彼女の胸に飛び込んだ。

目の百合 

「めぐする」
同じソファに座り、テレビを見ていた同居人が突如そんなことを宣う。
「めぐするってなに」
「目薬を差すの意」
彼女が取り出したのは、まだ新品の目薬。彼女はそれを私に差し出す。
「じゃ、お願い」
「それくらい自分で差して」
私がそう言う物の、彼女は私に背を向け体を倒し、頭を私の膝に乗せてくる。
「うん。柔らかい」
彼女はそう言って封の解かれた目薬を私に握らせる。
「どうしてまた目薬なんて」
目薬を一通り眺めて彼女にそう問えば、至極真面目な顔で彼女は答える。
「君の顔をよく見たいから」
唆されているということはわかるのだが、私はこういうのにどうしても弱いのだ。私はため息をついて目薬をひっくり返す。
右目に点眼し、さて左目だという所で「別に嘘じゃ、ないんだよ」と彼女が小さな声で呟いた。
私は左目に点眼して、目薬に封をした後。
「そんなこと知ってます」
ずっと若くはいられないのだ。
「御婆さんになるまでに自分でできるようになりなさいよ」
その気持ちで私が言えば、彼女は何がおかしいのか一つ吹きだした。
「ふふっ。がんばらないよ」
本当に、何がおかしいのやら。

匂いの百合 

秋口、空が高くなり始め、風が冷たくなってきたころ。家の前のキンモクセイの花が開いた。窓を網戸にして、部屋のドアも開けていたら、その花の甘い香りが微かに鼻腔をくすぐる。
キンモクセイの花はその実、香りがそれなりに強い。小さな花に見えるのに。
私は、夕方に差し掛かり、寒くなる前に窓を閉めようと立ったら、家の前を歩く友人を認めた。
「どうしたの」
窓から声をかけ、そして玄関に彼女を招き入れる。
「いや、ちょっと通りがかって」
ポケットに手を突っ込んだ彼女は、目を彷徨わせながらそう言う。家に上がるつもりはないようだった。
「チケット貰ってさ、映画一緒に見に行かない?」
そう言って、私に一枚の紙を手渡す。ポケットから出されたそれは少しだけ暖かかった。
「うん。行く」
私が一も二もなくそう言えば、彼女はほっと息をつき「じゃあ、また」と逃げるように帰っていってしまう。
彼女が帰った後、少しにやける口元にチケットを持って行ったら、微かに甘い匂いがした。
どんな映画かは、あまり気にならなかった。

服の百合 

冷たい風が吹き始めた、制服移行期間。私はセーターを持ってこなかった朝の自分を呪いつつ、学校から最寄り駅までの道のりを一人歩いていた。
「寒いなぁ」
数日前までの暑さが嘘のような肌寒さに思わずそう漏らし、身体を抱く。
「君」
突然の女性の声に私は振り返ると、そこには背の高い、見知らぬ生徒が立っていた。彼女はセーターを着ていた。
「寒いの?」
片眉を上げて、あくまで自然に彼女がそう言ったので、私は反射的に頷いた。
すると、彼女は自分が着ていたセーターをやおら脱ぎ、それをぼうっと見ていた私の顔に突然投げつけてきた。
「わぶ!」
何をするのだ!文句を言ってやろうとセーターを剥げば、彼女はそこにはおらず。
「それ、着ときなよ」後ろから声が聞こえた。
また振り返ると、彼女はそう言いながら、してやったりの顔で手を振り、小走りで駅へと走っていく所だった。
その時、早くも落ちた赤い葉が私と彼女の間を冷たい風と共に通り抜けていった。
私は少し暖かく、柑橘系の匂いがする手元のそれを見て一つ思い至った。
「名前、聞くの忘れた」
温かく、赤くなり始めた身体に、私は春が来る予感がした。

お風呂百合 

天井で作られた結露が湯舟に落ち、高い音を鳴らす。そして、湯気の向こうの銀色鏡をぼうっと眺めていたら、突然その中の靄がかったドアが開く。
「はい、どーん!」
「はぁ!?」
そう言いながら現れたのは陽気な同居人。勿論素っ裸。そして、一言声を上げながらポーズを決める。
「背中を流してあげよう!」
それを見た私は別に背中くらいいいかと思い、湯船から上がって座椅子に座る。断ったら断ったで面倒な女なのだ。
「じゃあ、おねがい」
髪の毛を前に回して彼女に背中を差し出す。すると、やけに暖かく、やわらかい物が背中に当たる。そして、それが上下したら硬めの物も時折当たりながら、石鹸の泡が立つ音が鳴る。
何かがおかしいと、目を上げれば、彼女が彼女の体で私の背中を流していた。
「あんたは風俗嬢か」
私は呆然とそう漏らしてしまい。それを耳ざとく聞きつけた彼女が、悲鳴を上げる。
「風俗に行ったことあるの!?」
「ひ、秘密」
秘密ったら秘密なのだ。
彼女は露骨にショックと言う顔をし、口を覆う。
「私と言う者がありながら……!」
「うーるーさーいー」
騒がしく、愉快な夜は過ぎていく。

笑顔の百合 

薄いカーテンから数段柔らかくなった陽光が差し込む、ほとんどが白い部屋。そこで私は、ベッドに座る妹と会話をしていた。
「いよいよ明日だ」
彼女の手を握りそう言葉をかける。
「そう、ね。信じてるから、お姉ちゃん」
毅然とした態度で妹は私に言う。手術に対する恐怖はないように見えた。そして、彼女の目は私の瞳の奥を見ていた。
「お姉ちゃんは、怖い?」
彼女の執刀医としてではなく、
「嘘は、つけない」
一人の姉として答える。それに、彼女は私の手を弱弱しい力で握り返してきた。
「宝くじよりはずっとましだし、お姉ちゃんなら絶対引けるから」
愛しい妹へはぎこちなく、右の唇を上げて笑って見せる。
私は成功率は五分五分、いや、成功の方が四になるかもしれないと伝えていた。
「そうだね。そう思えば気が楽になるよ」
私はその後も妹といくつか言葉を交わし、部屋を辞した。
「くじよりはまし、か」
私は明日の、失敗例しかない手術に対して思いをはせ、廊下を歩く。
拳を力強く握り締めながら。

色の百合 

目に映る全てが白と黒の世界から、私は一歩踏み出た。目に痛いほどの明るい服や、軌跡を残して走り去る車が私の眼窩を刺激する。
私は、色にあふれる街をゆっくりと歩き始める。そして、ずいぶんと前にやめた煙草を求めて、自販機を探し始めた。
排ガスと人混みが煩わしく感じながら行く道は、淡々としていた。
記憶よりも高い金を払って一箱、そこから一本取り出す。
そこでようやく私はライターを持っていないことに気が付いた。
彼女のためにやめた煙草は、そう易々と再開できないらしい。
私は、煙草の箱を同じ銘柄を吸っていた通行人に投げつける。取り出した一本は、胸のポケットに突っ込んだ。
「ありがとよ」
そんな言葉は、ただ右から左へと通り抜けていく。
私はあてどもなく歩き続ける。
自分の思い人が、片思いだったとはいえ、男と結婚したとはいえ、雲の上に持ち去ったのは多く、私は目に映る景色がどうしても色あせて見えていた。
これからの人生、彼女に対するあらゆる後悔と共に生きるのだ。
そういう意味では、彼女とは永遠かもしれないなと、無味乾燥に笑う。
私は灰がかった空を見上げた。
何も、思わなかった。

道の百合 

私は一人、人気のない路地を歩いていた。ビルとビルの間の、室外機のぬるい風が通る道を。
そして私は今、それを後悔していた。
「誰か!助けて!」
そう叫ぶも、誰も来ず、
「誰も来やしねえよ」
私を壁に追いやる男が言う。私の足は震えて使い物にはならなかった。
「へへへ。イイ女だぁっ」
顔を私に近づけようとしていた男が、鈍い音と共に急に白目をむいた。
「大丈夫?おねーさん」
そして、崩れる男の後ろから現れたのは、帽子をかぶった少女だった。手には血の付いたバット。
私は彼女の言葉に、何度も頷く。
「そう、良かった」
少女はそれだけを言うと踵を返した。だが、とっとと歩き始めたところに、私は待ったをかけた。
「?」
怪訝な顔の彼女だが、恩人を手ぶらで返すほど私は恩知らずな女ではない。
「何か――」
私の声に被せるように腹の虫が泣いた。彼女はそれに、顔をみるみると赤くさせた。
「えっと、家、来る?」
「うん。飯、くれ」
これが私と、奇妙な同居人との出会いだった。

待つ百合 

駅前の多くの人が待ち合わせに使う目印の前に、一人の女性が立っていた。その女性は不満げに時計を睨みつけ、何度もため息をつく。
そこへ、一人の女性が近寄っていく。
「待った?」
長く待たされていた女は、声をかけてきた人物を睨みつける。
「待ったわ」
「ごめんね。じゃあ行こうか」
心にもない謝罪と共に、二人が手を取り歩き始める。
「なんでいつも遅刻するのよ」
今日は20分よ、とため息をつく女に、片方の女は悪びれる様子無く口を開く。
「いやね、待っていてくれるのがうれしくて、ついね」
その答えは予想通りだったと、ため息をつく女。
「いけない人ね」
「惚れた弱みってやつさ」
愛想を尽かしそう、とばかりにいつも待たされる女はため息つく。
「愛してるよ」
フォローとばかりに手を握り込む、待たせる女。
「知ってるわ」
この一言で許してしまう、甘やかす自分が悪いのか。いや、これも惚れた弱みか、とまたも女はため息をついた。
「ため息ばかりだと、幸せが逃げちゃうよ」
「なら、貴女がその分幸せにして頂戴な」
「ええ、もちろんですとも!」
二人の影は、目的地である劇場へと消えていった。

傘の百合 

仕事で疲れた体を引きずり改札を通り抜けると、地面が濡れて夕暮れの光を鈍く反射しているのが目に入った。私はそれを見て運が良かったとため息をついた。
実は電車に乗っている間、雨がかなり降っていたのだ。
スーツを濡らさずに済んだ、そう思って歩き出そうとすると、一人の女性が立ちはだかった。それは、同棲している恋人だった。
「あー、ただいま?」
傘を二本持っているところを見るに、迎えに来てくれたのかと私は嬉しくなるものの、彼女はぶすとした表情。
「おかえり」
まさしく拗ねていますという声をきいて、内心思いいたる。雨が上がってしまって良い格好ができなかったのだ、彼女は。
運が悪かったね、とは思うが、拗ねている彼女を見るとどうしても揶揄いたくなるのが人の性。
「傘、一本でよかったんじゃない?」
そんな私の言葉に彼女が首を傾げ、やがてみるみる顔を赤くさせる。
「ふんだ。帰る」
彼女が踵を返す。私はそれを追いかける。
「拗ねないで」
「拗ねてないもん!」
「嬉しかったよ?」
「……」
「ホントだよ」
「……おかえりなさい」
「はい。ただいま」
なかなかどうして楽しい帰宅だった。

音の百合 

火砲とエンジンと爆発の、大きな音が鳴り響く戦場。隣で悲鳴を上げる負傷者の声も聞こえない中、崩れた壁の裏に二人の女が座っていた。ボロボロの服を着た、手には小銃を握る民兵であった。
壁の向こうには通信をする、半壊した敵の小隊が陣取っていた。
そんな敵を目に入れながら、二人は叫んで意思疎通を計ろうとする。
「生きて帰れそうにないね!」
「生きて帰るにゃ、あれから逃げにゃならん!」
壁の裏に再び身を隠し、二人は目を合わせる。
「最期だし、言いたいこと言って良い?」
「気合い入れろよ!こんな所で死ぬのは許さん!いいな?」
少しの身振りをする二人は、はたから見れば歴戦のバディに見える。
「貴女が好きよ。ずっとずっと好きよ!」
「聞こえんが、いい返事だ!帰ったら酒でも飲もう!」
少しの沈黙の後、互いに笑顔を交わす。
そして、二人はいつも行っていた決意の符丁である、互いの拳を力強く合わせた。
「ありがとう。これで心置きなく死ねるわ」
「絶対に生きて帰るぞ!」
果たして二人は、壁から出て走り出した。

香りの百合 

夏の暑い下校時間。直射日光が肌をじりじりと焼く、放課後。私は友人の自転車の後ろに座っていた。
少し湿った、冷たい夕立の気配を感じさせる風を感じながら、彼女の声を聞く。
「そんなに引っ付いて、汗臭くない?」
「大丈夫」
部活で汗を流した彼女の健康的な匂いと、制汗剤の清涼な匂い。私はそれが好きだった。
「そんなことより、もうすぐ雨降るよ」
後ろに乗せてもらっている手前、早くしろとは言わない。
「私一人だったら、雨には降られないだろうねぇ」
でも、彼女がそんなことを言うもんだから、私は彼女にひしと抱き着く。
「うわ!びっくりした!」
降ろさないよと彼女が言って、私は彼女から少し離れる。彼女の匂いに包まれて、役得だな、と思ったのは内緒。
そんな内に、ゴロゴロと雷が鳴り始めて、肌に感じる暑さも和らいできた。
「雨に降られるね」
私は半ばあきらめてそう言ったのだけれど。
「ほら、捕まって。ちょっと急ぐよ」
彼女がそう言って私の手を腰へと持って行き、どんどんスピードを上げていく。
私は、がんばる彼女の背中に耳を当て、息遣いを聞く。
そんな、蝉の煩い夏の一幕だった。

月の百合 

空に光瞬くものが無い夜。私は幼馴染を、田舎の電灯もない道を歩き、探していた。私にとっては大切な人である幼馴染は、こういう星の無い夜に徘徊する。
なかなか見つからない彼女を探しながら私は、昔徘徊の訳を聞いたとき「月を探してるんだ」と言われたことを、思い出していた。
やがて、私は橋の上から川を覗き込んでいる彼女を見つけた。
「探したよ。ほら、帰ろう」
手を取り引っ張るも、彼女は動こうとしない。
「どうしたの?」
「月がね、見つからないんだ」
川を見る彼女の顔は私からは伺えなかった。
「それは大事なことなの?」
「うん」
「家族とか私より?」
語気を強めて問うも、彼女はそのまま沈黙してしまう。
「私より、月とかわけわからない物の方が、大切なの?」
彼女がこちらを向いた。
「私は、怖い。暗い夜が怖いの。君が何処かに行っちゃう気がして、怖いの」
彼女の手を握り締める。
「私、君が好きなんだ。だから、どこにもいかないで」
私は嘘偽りない心を言った。
「私が、月じゃだめですか」
彼女が目を見開いた。そして、
「何言っているんだか」
帰ろう、と彼女が手を引いた。
「本当だよ」

氷の百合 

風鈴が鳴る軒下のベンチに座って、私と親友はかき氷を食べていた。シロップは私がイチゴで彼女がレモン。
「ん~!」
食べ始めれば早速、彼女が頭を押さえて足をじたばたとさせる。私はキーンとならなかったので、彼女をからかって遊ぶ。
一通り彼女で遊び、かき氷を食べ終えれば、つかの間忘れていた暑さと蝉の声が五感を刺激する。
「毎日毎日暑いねぇ」
気休めに舌を出し、息を吐く。
「舌、真っ赤だよ」
彼女も自分の舌を出しながら笑う。勿論、彼女の舌は黄色くなっていた。
健康的なピンク色に色付く黄色と、暑さで上気した彼女の白い肌、汗ばんで張り付いたシャツ。
私はそんな彼女にちょっとムラっときた。
「むぐ!」
ムラっとしたので、彼女にキスをした。何も悪くない。
舌を絡め、それなりに長く深いキス。
「何すんの!」
それは、彼女が私を押しのけたことで終わりを告げた。
「いーじゃん。減るもんじゃないし」
私がそう言えば、彼女はべえと舌を出して私を非難する。
「ん?オレンジ色になってる」
彼女の舌は、私の赤色が混じり、色が変わっていた。
私も舌を出せば、
「ホントだ!」
彼女が大声で笑った。

光の百合 

「いやぁ。ついてなかったねぇ」
友人がそのように言いながら、開け放った窓から月夜を眺める。ここ、一階の居間から見える庭の草は、部屋の灯りと月の明かりをきらきらと反射していた。
「しょうがないでしょう?雨降ってたんだから」
今は晴れてはいるが、先ほどまでは雨が降っていた。そして、それにより今日予定していた夏祭りが中止になってしまったのだ。
今日の夏祭りは浴衣を着て二人デートと洒落こみたかったのだが、叶わなかった。
「まあ、二人でだべるのもいいじゃん」
彼女はそう言うも、私は何となく気分がのらなかった。
私がそんな態度だから、部屋には居心地の悪い沈黙が流れる。
「そうだなぁ……」
彼女がこちらを向き、含みのある顔をする。
「一つだけ、夏祭りしよっか」
どういうことなのだろう。私は目でその疑問を伝える。
すると彼女は、私が持ってきた鞄を開けてごらんと私に言った。言われた通りに見てみれば、そこには手持ち花火があった。
「小さい花火。どう?」
彼女はしたり顔で庭に立っていた。手には蝋燭とライター。
「勿論!」
彼女の笑顔と花火の光も混じった庭の光景は、大層美しかった。

映画の百合 

うす暗い部屋に女性の甲高い悲鳴が鳴り響く。大型のテレビでは今まさに女性が怪物に襲われるところであった。
それを、隣に座る彼女ははらはらと拳を握り見ていた。対する私は、繋いだ彼女のもう片方の手に殆どの意識を向けていた。
映画のシーンによって、彼女の手は面白いように動く。平常な場面では柔く握られ、感動する場面では指を絡めてくる。
瞳は心の窓であるとはよく言ったのもだが、彼女の手もそうである。
やがてクレジットが流れ始めれば、彼女は私の手を握ったり緩めたりし始める。
「どうだった?」
私が彼女に映画の感想を聞けば、すらすらと答え始める。
その間も彼女の手は様々な動きをして、少しくすぐったかった。
「何笑ってるの?」
可笑しさやくすぐったさが顔に出ていたらしく、彼女は訝し気に私に問う。
「いいや、楽しんでくれて何より」
彼女の手に関することは、私だけの内緒。
そう、と彼女は言い、ちょうどクレジットも流れきる。彼女は部屋の電気をつけに立ち上がる。
彼女の離した手が少し寂しくなる。
私は、また映画でも借りてこよう、次はどんなのがいいか、と彼女の後姿を見ながら考えていた。

水の百合 

水の中を空気がくぐる音が響き、青く揺らめく光が私と隣の彼女の距離感を曖昧なものにする水族館。様々な形をとる魚が悠々と泳ぐ姿は、透き通った水を横から眺めていると空を飛んでいるようにも錯覚する。
儘ならぬ恋をする私から見れば、彼らは随分と自由に見える。しかしそれは水槽の中だけに許された物なのだ。
目を輝かせ、純粋に水槽を見る、隣にいるのに遠くに見える彼女。
私と彼女との関係は、高校という水槽の中だから成り立ちえるものなのだろうか。
手を伸ばし、彼女の手を取る。意外にも彼女との距離は近かった。
「どうしたの?」
私を見て首を傾げる彼女。私は、どうしても大洋を彼女と共に歩みたいと思った。
「私、私ね」
後悔はきっとしないんだろうな。
「貴女のことが好き」
やけに鮮明な彼女の瞳に吸い込まれる気がした。
「友達としてじゃない。思い人として貴女のことが好き」
水族館は静かで。
「ありがとう。答え、考えておくね」
彼女のその言葉は、熱を感じさせないもので。さめた目で水槽に向き直る彼女は、私が見たことのない表情だった。
失敗だったかな、とは思った。
でも、手は繋いだままだった。

窓の百合 

涼しい風と柔らかな陽光が通り抜ける半分だけ開いた窓。私はその下で本を読んでいた。
窓の外は色とりどりの花が咲いていた。だが、その間を歩くことは叶わない、足が悪い私には。
ふうとため息をつけば、私の世話をしてくれている女性が気を利かせたのか、花を挿した花瓶を持って部屋に入ってきた。その花は、この窓からは隠れて見えない物ばかりだった。
私はその花々を見て、嬉しい気持ちと惨めな気持ちとが去来した。
「いつかは自分の足で、貴女と歩いてみたいものね」
花瓶を机の上におき、整える彼女の背にそう声をかける。
ちょっとした意地悪のつもりだった。神が与えたもうた私の足はきっと良くはならないだろう。
「そうですね。難しいでしょうが、いつかその時が来ることを願いますよ」
しかし、彼女は私の言葉に、忌憚なくそう答えた。
花瓶の花は、私がいる位置から見れば最も映えるように挿し直されていた。
「何に――?」
――願うというのだろうか。
私は暗然とした。
「それはもう、貴女の未来にです」
彼女が振り向き、優しく微笑んだ。
その華を見て、私はやけに晴れやかな気持ちになった。

読書の百合 

良くクーラーのきいた、ページをめくる音だけが響く図書館。その窓際の机に、私は私の彼女と座っていた。
今日はデートで色々な所に行くはずだったのに、いつの間にか図書館で読書タイムとなっていたのだ。
まあ、学生の時分、お金がかからないということはあるけども、もっと彼女とイチャイチャしたいというのが私の本音で、
「ねぇ。そろそろ出ない?」
私がそう言うも、彼女は新しく入った本に夢中で無視される。
「おーい」
図書館ゆえの小声での呼びかけも、もちろん無視された。
確かに。確かに私が彼女に恋したきっかけは、一人で本を読む姿の神聖さというか美しさだったけども。この仕打ちはあんまりだと思う。
そっと手を伸ばし、彼女の頬を指で突く。
「?」
ようやく彼女が私に気付き、こてんと首を傾げた。とてもかわいい。
「私を放ってくれちゃって」
そうわざとらしく言ってやれば。彼女はようやくデートの途中だったことを思い出したようで、
「ご、ごめんなさい」
しゅんとした顔になる。
「いいのいいの。それ借りて喫茶店行こうよ」
彼女を反省させることは本意ではなかった。喫茶店では私が奢ることにした。

隔たる百合 

大きな大きな戦争が、二つの国の間の国境に長く分厚い壁を築かせた。しかし、壁があっても戦争は続いた。
ある日、そんな壁に小さな穴があることに、それぞれの国の少女が気が付いた。
何度かそこに足を運ぶうち、彼女たちは出会った。
二つの国は言葉が同じだったので、二人は何度か会ううちに友人同士になっていた。
もしこのことがバレたらスパイとして逮捕されるだろうが、二人は良くも悪くも子供だったのだ。
二人は多くのことを話した。戦争が激化する中、数少ない楽しみだった。
「壁の向こうの食べ物、読み物、景色。私も見てみたい」
それがお互いの偽らざる気持ちだった。
やがて、二人がいる地域にも空襲が始まった。二人は疎開することになった。
もう会えない。親友となった二人の子供には辛い出来事であった。
そんな中、片方が思い立った。二人はあることをした。
二つ、紙飛行機を作った。二人はそれに愛用の髪留め、リボンをくっ付けた。
果たしてその飛行機は国境を飛び越えた。
「戦争が終わったら、絶対探しに行くからね」
二人は約束をした。
これを返し合おうと。
いつになるかわからないけれど。

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