つづき
秋穂の母親には許嫁であった今の夫(兄達の父親)とは別に想い人がいた。それは千駄ヶ谷に仕える剣の師の息子であり、幼馴染みであった秋穂の父親だった。母親は一家のためにと今の夫に婿入りしてもらうが、三回出産しても跡継ぎとなる娘は生まれてこなかった。普通なら男子を産むことはよしとされる世の中でも、ここでは真逆だ。見知らぬ所で陰口を言われているのも察していた。
思い悩んだ母親は、師の代わりに仕えることになった想い人に語る。常に気丈に、鬼のようにしていなければならない当主に疲れ果てていた。そうして一夜だけの慰めを、と想い人に抱いてもらった。
その小さな幸福に包まれていると、ある日この胎に新しく命が宿っていると分かってしまった。傍らで思い続けたあの人とわたしの。当主として間違っていると、今の夫にも申し訳がないと思っていたけれど産むしかなかった。
そうして生まれたのは待ち望んでいたはずの女児だったが、母親は悲しみに包まれた。男であれば影で幸せになることが分かっていたのに、この子は一家の当主として育てるを得なくなってしまったのだ。
続きの続き
和穂と名付けたられた少女は母親が本当の愛を隠すように、冷酷に厳しく躾られていた。次期当主の名を背負い、良い成績であるのは当たり前だと言わんばかりに視線が向けられる。応えよう、応えようと必死になるも、それらをこなすことは容易では無かった。そうして上の兄達からもまた冷たくされ、精神が毎日すり減っていく。
そうしてある時癇癪を起こした兄に告げられた。「お前は俺達の父さんとは違う」と。
自分たちがどこか兄達とは違うと感じていたけれど、明確にその原因を告げられた。小学校低学年の秋穂にはその線引きが耐えきれない事実だった。
家の中でなく場所を探して立ち入り禁止の蔵に行き着いた。普段なら絶対に入ろうとも思わないそこも、今は自分の悲しみを知っているように思えて物陰に座り込み嗚咽する。
そこで、千駄ヶ谷が管理していたはずの妖刀に見惚れてしまう。普段剣道を習っていた秋穂には、その剣が何よりも強さの証に思えてならなかった。これを扱えるくらいに強くなれば、みんなは満足してくれるだろうかと。