夏のへし燭③ 

会話をしつつさりげなく手を重ねる
長谷部くんのぎこちなさに相変わらずだねと光忠くんが小さく肩を揺らす
そんな彼に口撃し返しつつ、表情は嬉しげに、髪と眼帯と頬を辿るように撫でる
陽の光に照らされた防波堤の上には、医療用眼帯をした砂塗れの首を抱いて穏やかに笑う男が1人

おしまい

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夏のへし燭② 

見かけた日には光忠くんから連絡が入った時間と全く同じ時間に短く返信する
「今日お前を映画館で見た」「今日は境内に居たな」「逃げるだなんてらしくないぞ」「呼んだのはお前だろう」「いい加減此方を向いてくれ」
そんな鬼事を始めて49日目に返信が来る
「会いたいけど見せる顔が無いんだよ」

「君が追いかけてくれてるのは気付いてる、ごめんね、本当は凄く会いたいんだよ」
文末には「君とまた海が見たいな」
そこでやっと思い出す、すっかり忘れてた大事な場所
受験の年に息抜きって体で塾を抜け出して電車を終点まで乗り継いで行った海、初めて手を繋いでキスをした防波堤の上

もうあと2週間くらいで長い夏休みが終わる、丁度今くらいの時期に、始発電車に乗って海に向かう
到着する頃には陽の光が満ち満ちて目に沁みる
防波堤の上に座るといつの間にか隣には懐かしい気配
「随分待たせてしまったな」
「君も大概鈍いよね」
「……悪かった」
「いいよ、結局また会えた」

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夏のへし燭 

高校時代の同級生で仲が良かった長船光忠から数年ぶりに会わない?と端末に連絡が入り日時と場所も指定されていたので当日その場所に向かうと葬式が行われておりこんなとこで待ち合わせだなんていい趣味してるなとなんとなく名前を見てみると「長船」って書いてあるところから始まる夏のへし燭

困惑しながら周辺にいる喪服着た人に誰の葬儀か訊ねると怪訝そうな顔をされ長船さんちの末っ子くんと教えてもらい更に頭の中がぐちゃぐちゃになる
風の噂で聞いた話だと「事故でまだ首が見つかっていないだなんて可哀想……」

尚更信じられず過去に2人で行った先々を辿り直す
炭酸が半分抜けた缶ジュース片手に深夜駄弁った公園とか、過去に上映してたマイナー映画の再上映しかしない古びた映画館とか、勿論通ってた高校とか、その裏にある小さい神社とか
必ず何処かで光忠くんの後ろ姿を見る、声を掛けると何処かへ行ってしまう
やはりあいつは生きていると思う

引用元はなんかフロイトの夢分析についてカウンセラーが書いてた本
タイトル作者忘れちゃった

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精神異常者は夢を見ない
現実から逃れた彼らは常に"夢"に生きている

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駄菓子屋メモ② 

早速今晩やってみようと、微妙な座の悪さを覚えながらも隻眼は人知れず口角を緩めた
それから1週間経って、再び店に隻眼が顔を出した
前よりも幾らか表情が明るいので、夢見が良かったんだなと鶴丸は思った
隻眼は報告する、元伴侶と復縁できたと嬉しそうに
今この時さえ夢みたいだよと細めた右目は、正に夢見る乙女といったふうで、その表情のまま、まぁ今まで一度も夢なんてもの見たことなかったけどねと続けた
要は僕は行動の切っ掛けが欲しかったんだ、有難うと笑う笑顔は清々しく眩しい
隻眼が店を出た後、鶴丸は誰とも知れぬ男の元伴侶にすまないなとちょっとだけ眉を顰めた

以来、隻眼は店に来なくなる
そして鼈甲色に魅せられた子供も、どういう訳か顔を見せなくなってしまった

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駄菓子屋メモ① 

鶴丸の駄菓子屋には色んな客が来る
純粋に駄菓子を買いに500円玉を握りしめる小学生、明らかに怪しい"駄菓子"を売買しに来る大人、不思議な力が込めてあるという鼈甲色に煌めく飴に魅せられた、少年の波を往来する子供
そして最近訪れたのは、この街の雰囲気には馴染まない隻眼の美丈夫だった
彼曰く、永い永い昔に恋をした元伴侶を現世で見つけてしまい、其れとまた縁を結びたいという何とも電波な話だった
鶴丸は人と話すのが好きだったし、干渉するのも好きだった
彼の話を聞いて、俺は生憎縁結びの神じゃあないがこれでも飲んでみるかいと1つ、真っ黒なプラスチックのボトルを勧めてみた
高価だったので隻眼は駄菓子屋のくせにとついらしくない毒を吐く
まあまあモノは試しだぜ、と鶴丸は愉しげに笑っていた
店を出た先の帰途、ボトルの蓋を開けてみると原色の赤や青で着色された、安っぽく毒々しい錠剤がめいっぱい詰め込まれていた
店主が言うに此れは「明晰夢が見られる菓子」らしい
夢の中だけでも復縁できると良いな光忠、店主の文句はそうだった
服用の仕方は入眠直前、水なしで口内で溶かすように、らしい

「おかえり、大将」 

旅先で薬研の後ろ姿を見かけた
薬研藤四郎、子供の時に創り出した空想だったから、この歳でまた見るとは思わなかった
衝動的に追いかけても一向に距離は縮まらず、半ば諦めかけたところ、大将大将と囁くような声が聞こえ出す
彼から話しかけてくるのは初めてな気がする
導かれるままに歩けば、鳥居の先、突如開けた視界
大将覚えてるか?ここが玄関で廊下、厨に厩……
私には彼の言う事が解らない
それでも薬研は屈託の無い笑顔で言うのだ
お還り、と pawoo.net/media/4t7Q9bfvB2ZhHc

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